天敵到着 〜マイペースの3人、合流する〜
―ファルス・ゲート前本陣―
「オリバー」
コーデルの声がしたので、傍に座っていた彼は頭を上げた。
「ここにいます。痛みますか」
「そんなに。どこかへ搬送されるの、私?」
「ええ、ピドナへ。クラウディウス家で療養なさってください」
「…………」
間があって、オリバーはふと言った。 「ピドナまで私が、ご一緒しましょうか?」
コーデルは一瞬驚いたように目を見開いたが、視線をそらしてから軽く、こくんと頷いた。
「では、支度ができたらお迎えに来ます」
オリバーは一礼して天幕を出たが、それを待ち構えたように誰かが鋭く声をかけた。
「おい」
オリバーは立ち止まり振りかえって、――いきなり顔面を殴りつけられ、地面に放り出された。驚いて見上げるとアレクが歯を食いしばり、憎々しげに彼を見下ろしている。
「アレクさん、なぜ――」
「なぜ!? オノレの胸に聞いてみろ。 コーデル様は、ほんのこの間まではご自分の身分を弁え、他国の者とも身分違いの者とも不必要な対話はなさらなかった。それがどうだ? ピドナの未熟なじゃじゃ馬を助けようとしてもう少しで死ぬところだった、お次はその死にそうな傷をおして鍛冶屋への言伝だ。この上お前がピドナへ同行するだと?」
アレクは烈火のごとく怒りながら、起きあがったオリバーの胸倉を掴んだ。
「お前がピドナの使者として宮殿に来たときからコーデル様は変わった。コーデル様に一体どんなまじないをかけたんだ、どんないかがわしい薬を盛ったんだ、小僧!?」
そのアレクの手をさえぎる者がいた。夕暮れの光に宝石がきらめく。アレクはぎょっとして思わずオリバーから手を放し、その相手を見詰めた。
「ごきげんよう♪ 私はオリオール・フルブライト、その子は私の昔っからの友人で、まあ弟みたいなものなのです。弓と料理以外は十人並な取り柄のない子ですから、ゴブリンに小突かれるのならまだわかりますけど――」
オリオールはまず微笑んで、それからぎらりと睨みつけた。
「そこらのへぼ騎士に罵倒され殴られるのを黙って見ているつもりはありませんわ」
アレクは手は下ろしたがまだ怒りがおさまらないといった口調で言い返す。
「悪いが、私は平民ごときにへぼ騎士と言われる筋合いは――」
「平民? ああ、それはそうね。では言い直しましょうか、ご立派な騎士殿。例えば、あなたの所領くらいは、この平民のポケットマネーで買い上げできるだろうとね」
「買うとかいうその発想そのものが――!」
睨み合いになった。しかもオリオールはこの状況を愉しんでいるから厄介である。オリバーは間に入って言った。 「オリオール、やめようよ。アレクさん、すみません。同行は出来なくても構いません。でも搬送の支度だけはしたいので失礼します」
「あ、ああ」アレクは急に冷静さを取り戻した。「話せば済むのに……殴ったりしてすまなかったな」
「いいんです、こちらこそ、友人が失礼を」
アレクは苦笑して、気にしないという風に手を振って見せ、ツヴァイクの陣地へと足早に歩いていった。
「失礼とは何よ、事実しか言ってないわ」オリオールは、さっさと天幕へ戻るオリバーに小声で言った。
「ほっとくと、ツヴァイク北部の土地の値段は相場と比べて何%安いとか何とか、見積もりまで出しそうだった」
「ふふん、あいつ、アレク・バイカルでしょ。今やバイカル家は伝統よりも貧乏で有名よ、爵位が枷になってるくらいじゃないかしら」 そうして勝ち誇ってけらけらと笑うオリオール。オリバーは、この性格に慣れている自分に内心ちょっと驚いた。
「ところでいつこっちへ? 一人なの?」
「さっき。仲間もいるのよ。紹介――」
オリオールが振りかえったとき、さっきまで一緒だったサヴァとヤン・エイの姿は消えていた。サヴァは天文台で小競り合いと聞いて飛び出していき、無駄に大量の荷物を天幕へ運んでいたヤンは仕事を終えて、今度は休んでいるアリエンの天幕の前で番犬のように見張りをつとめていたのである。
暇なオリオールはあとの2人の分までジョカルやフェリックスと挨拶を交わした。そしてそれから5分もしないうちにオリバーのところへツヴァイク騎士団の使いが来て、ピドナへの同行を頼んでいき、いよいよネスが搬送を可能と判断し、オリバーはコーデルの馬車に乗りこむことを許された。
アレクは馬上から、見送りに立つネスを振りかえった。
「聞いては貰えまいが、もう一言、ネス。侍医でなく将軍という地位も考慮されよう、それだけの玄武術の腕があるのなら――」
「アレクさん、僕が究極の術を完成させるとすれば、それは治療と癒しのためです。どこの国と限定して活動したくはありませんし、対アビス以外の戦いに使う気もありません。お役に立てなくて残念ですが」
アレクは残念そうに頷き、護衛騎士団と馬車とともに出発した。
天文台からはまだサヴァが戻らないが、風にのって聞こえてくるのは楽しげな笑い声だ。何を遊んでいるのだか。ヤンはといえばアリエンの天幕の前で居眠りしており、アリエンは、そのヤンを起こさないようにそっと出て、オリオールを見つけて歩いてきた。
「誰かしら? すごく疲れているみたいだからそっとしといたけど」
「そう?」
「どっかで会ったような気もするのよね……」
オリオールは、持参したベンチに座りながら、ピドナで仕入れたシードルをグラスに注いだ。しゅわっと涼しげな音がファルスの丘に広がる。だがアリエンはいつもより言葉すくなだった。何が響いているかを、勿論オリオールは知っている。
彼女はちらと年下の友人を見てグラスを差し出した。
「いい星空よ。付き合いなさい」
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