ジャングル到着 〜朱鳥術の村〜 ―ジャングル奥地―
ズザザザザーーッ!
すとん、と先に地面に降りたって、サヴァは涼しい顔で残る2人を見上げた。少しだけのぞく空は南国の濡れた青さだった。森の奥からはサルとも鳥とも魔物ともつかぬ声が響いていて、幅広の葉とツボのような形の幹を持つ黄緑色の木の上で、2人はツタに絡まりもがいていた。
「せめて着地はまともにできないんですか?」とフェリックス。 「どこに着くか保証できないと言ったはずだよ」とズィール。
サヴァは下から声をかけた。「魔物の巣窟にこんなザマに突入しなくてすんで助かったわ」 「お褒めいただきありがとう」
そう言うとズィールはフェリックスのツタも切ってやり、2人して地面に辿りついた。サヴァは邪魔そうにドレスをたくし上げ、いっそ下を切ってしまおうかと呟いている。ズィールは、ここは間違いなく自分の知る村の近くだから、と思いとどまらせ、3人ですぐにジャングルの村を訪れた。
村はジャングルの一角を開拓して作られていたが、入り口は茂みで覆われ、中に入ると猛獣の頭蓋骨が威嚇するように中央に据えられている。家はその奥のほうに並び、高床式で、葦のような草で屋根がこしらえてあるだけ。そしてあちこちに焦げたあとがある納屋は、近づくと仔豚がその家から顔を出し、人の姿はすぐには見えなかった。
「人が住んでいないみたいだな」フェリックスが言う。しかしそんなはずはなかった。ここはズィールが15年を過ごした場所である。50人以上の村人が、ここで狩りや畑仕事をして生活していたのだ。
「あ、煙」サヴァが奥の小屋を指差した。と同時にそこから数人の女たちと子供が出てきた。そして先頭に立っているのは、西方の若い娘である。縮れた髪は赤く、目も赤褐色。肌だけは白くて村の女たちに囲まれると目立って見える。その表情も歩き方も非常に怒っているらしかった。
「ズィールってのはどっち?」彼女は喧嘩腰で言った。片側だけ三つ編みにした髪を裾でまとめて、身なりも軽快で、見た目は非常に可愛らしいのだがその赤い目は相当迫力がある。後ろの女性たちは彼女をなだめようとしており、戻ってきたズィールを歓迎したいがこらえている様子に見えた。
「私がそうだ。君は?」ズィールはティベリウス仕込みの穏やかな口調で言った。
「コッティ。モウゼスの朱鳥術使いのコッティよ。この村に来て3日目になるけど、その3日の間、用心棒のあんたときたらずっと不在だったわね? おかげでこの村がどうなったか、ちょっとその節穴で見て御覧!」
「もうよい、コッティ殿」後ろからようやく出てきた老人がかすれ声で言った。
「長老、寝てなきゃダメよ!」
コッティは驚いて飛んでいった。そこにいる客人を無視し、しかもズィールに文句を言いっぱなしで。
長老と呼ばれた老人は、やせて、歩くのもままならなかったが、褐色の肌は艶があり、長い髪と髭はまさに炎のようなウェーブがかかり、色は混じりあってブロンズに見えるのだった。コッティの祖父といえばしっくりくるのだが、彼女は新参なのでそういうことではないらしい。
その老人の前にズィールは跪いた。サヴァとフェリックスは顔を見合わせ、後方にそっと座った。
「コッティ、彼を責めるのはやめなさい。彼は、万一のことがあれば援軍を求めに村を出ると決まっておったのだ。ティベリウス様がそう決定なさっていた。そちらのお2人がそうなのかな?」
「はい、ロアーヌからの援軍、フェリックス殿とサヴァ殿です」 「援軍が2人! それでいいんですか!」コッティは叫んだ。
「慣れない臆病者数百よりも、そのほうが良い」老人はきっぱりと言った。
「村で何があったのかお聞かせ下さい。できるだけお力になりたいと思いますので」
フェリックスが丁寧に言ったので、長老は深く頷き、コッティが差し出した椅子に腰掛けた。 「村は、テント社の一味に奇襲をかけられたのです。テント社は、西方での評判はいいか知らないが、この地では人をさらう。3日前、ズィールがいないのを見計らって、ヤツらは来ました。術で抵抗しましたが12人が連れていかれました。塔の結界が破れて以来、私の術は力を失っております。もしこのコッティがいてくれなかったら、村は全滅しておりました」
「人身売買の船? ファルコが言ってたのと同じみたいだわ」サヴァが呟く。
「ファルコ・ロッシをご存知か。それなら話が早い。彼がアケの港から追跡して行ったはずです。ですから、我々は彼を信じて待っているところなのです」
静かにしていたズィールが口を開いた。「長老、結界が破れたのとテント社の襲撃はどちらが先でしたか?」
「結界が先よ」コッティが早口で答えた。「結界が破れて村が右往左往していたらそこへ――」
コッティは口をつぐんだ。何かに気付いたのだ。ズィールは続けた。
「結界を破ったのは魔物の仕業。テント社はあくまでも悪徳会社。偶然にしては間一髪のタイミングです。テント社も魔物に襲われるリスクがあったはず」
「無謀な賊ならそんなこと考えないものだわ」
と、サヴァが荒っぽいことを言った。うんうんと頷き相変わらずズィールを睨むコッティは、サヴァとはうまがあいそうだと思ったようだった。
「それでは、我々は先に塔の魔物を討伐に参りたいと存じます」フェリックスが言った。
「うむ、それがもっとも重要なことだ」長老は苦しそうに咳き込みながら、それでも長老としての威厳をもってあとの2人を見回した。「必要なものがあれば村で整えさせよう」
「では、ジャングルで必要な武器を整えさせていただきます」とフェリックス。
「あの、私はこの装備を戦えるようにしたいんです」とサヴァ。
女たちはくすくすと笑い、コッティも肩をすくめて微笑んだ。
「私が仕立てなおしてあげるわ、こっちいらっしゃい」
サヴァは言いなりについて行こうとして立ち止まった。カシャカシャ、と腰の鞘の中で音がする。
「どうした?」フェリックスが近寄ったが、その面前で、サヴァはいきなり鞘を払った。
現れた中身を見てズィールは目を細めた。美しい刀身だ。見たこともないほど清浄な輝きを放っている。本当に美しい”短剣”だ。
サヴァは声も出ず青ざめて膝をつき、同行した2人を見上げた。この剣がすりかえられたはずなどないことを、肌身離さず持ち歩いた彼女自身がよく知っていた。サヴァからこれを受け取ったズィールが、丁寧に調べてから、折れたのではない、と言った。もちろん、加工された痕跡もない。この剣は七星剣のまま自然と小さく短くなっただけなのである。
途方に暮れるサヴァに向かい、長老がぼそりと言った。
「聖王遺物には意思があると聞く。この地の結界が破れたためにその剣も呼応したのだろう」
「呼応してって、それじゃ使えないってこと?」
と、コッティが疑わしそうに言うのを、フェリックスが引き継いだ。彼には長老の言葉がでまかせではないという自信があった。
「その反対さ。サヴァに味方するために、ここで最も戦いやすい形に変容したんだ」
「……ありえないことではないね」と、ズィールが慎重に言った。
サヴァはドキドキしながら短剣を受け取り、迫る戦いの予感に微妙に興奮しつつ、いつものように握ってみた。
――そうなの? この姿でなら一緒に戦ってくれるの?
しっくりとなじむ柄から伸びた細身の刀身は、このときサヴァにキラリと星のきらめきを見せ、同時に、すぐ目の前で姿のない鳥が羽ばたく気配があった。
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