最上階
〜フェリックス一行、ティベリウスを見つける〜
―ジャングル 

  
 塔の周囲にはツタの類がまきつき、足元にはシダが生い茂っていた。けれどもその塔が石を積み上げてできたのではなく、巨大な岩を削って作ったことは明かだった。敵の気配がないので一行はそのまま入り口から中へ踏みこむ。石造りのせいか、外とは比較にならないほど涼しくて快適だ。
「ティベリウス様!」フェリックスのよく通る声が響いた。
「老師!」ズィールも声をかけた。
 声は塔の内部に音楽的に反響し、やがて消えた。
「ここにはいらっしゃらないのかしら?」とサヴァが控えめに言った。
「話によれば襲ってきたのは虫だっていうじゃない? そんな偉い老師ならやられないでしょう、普通?」
 言いにくいことをズケズケ言うコッティ。一行はもう驚かないので、そのまま上の階へと進む。
 石段はきれいな切り取られ方をした完璧な螺旋階段だった。塔の下から上へとわずかではあるが円錐の形になっている。窓はあちこちにただの穴のように開いていて、その下に灯りをともすくぼみがついていた。灰が沢山残っているのはティベリウスがここにこもって文献を調べていたせいである。
「一番上の部屋から、書物が保管してあった場所に通じている」とズィールが説明した。
「この塔は誰が作ったんだろう。やはりその書物の書き手たちだろうか?」フェリックスが呟くように言った。
「老師ならはっきり解説できるんだがね。この塔は住居にもなるがそのためにだけ作られたのではないと言っておられた」
「191! 外を覗いてもいいですか?」フェリックスが窓からジャングルを見渡した。「うわっ」
その声に少女たちも一緒に窓辺に寄った。
「すごい眺めだわ」サヴァが感嘆の声を上げた。

 塔の中間程度の高さだが、低い山くらいは越える眺めだった。霧に覆われた緑は波が打ち寄せるように一帯を取り巻いて、緑の洪水のように見えた。
「一番高いところではさらにすごい眺めになるよ」ズィールはやさしく言って、先へと促した。
 一行はさらに塔を上りつづけた。フェリックスはぶつぶつ言いながらまだ石段を数えつづけたが、300段のところで小さ目の部屋に入りこんだ。
「老師!」ズィールはこの部屋から術を用いて飛び出してきたのである。
一行は周囲を探りながら部屋の向こうへと進んだ。そこにも狭い一室があって、中央に黒い塊が淀んでいた。ズィールがさっと手をのばしてあとの3人を押し留めた。
「敵だ。老師の術で弱っているみたいだが」
「数が半端じゃないわね」コッティが気味悪そうに眉をしかめた。
「場所が狭いな、どう戦うのがいい?」
「パワーレイズよ、コッティを真中にして、ズィール後列、フェリックス!」
 ダガーを抜き前列へ飛び出したサヴァがてきぱきと言ったのでズィールは思わず言うなり。コッティは当てにされてご満悦という顔で、術の体勢をとった。
 敵はパタパタチラチラと羽音をすこしずつ大きくする。北国の熊ほどもある塊が全て攻撃性のある昆虫モンスターである。
 パタパタ……パチパチ……。フェリックスの場所からはとげのついた大きな足が見えた。
「来るぞ!」
「いつでも!」
「返り討ちよ」
 ブウーン……!!!
 塊の中心がぐらりと揺れ、夥しい数の敵が飛び立った。中心にいたのは一段と大型の蜂である。触覚にも牙にも毒があり、一撃で幻覚を起こさせて死に到らしめるほどその威力は強い。
「動きをとめるぞ、サンダークラップ!」ズィールが虫全体に向けて術を放った。狭い一室に稲光のような光が炸裂、そのショックだけで落ちる虫もいる。大型の蜂は動きがまだ鈍い。ここで回復中だったのである。その敵が飛び立った。真っ直ぐパーティの正面を捉える。
「ファイアーウォール!」
 すかさずコッティがカウンター要素のある術を放った。炎の壁は大型の蜂の刺を封じた上に、温度を上げ、強烈な白い炎に変わって虫の群全体を覆った。これで毒虫は焦げて転がったが、それでも生き残った蜂が突っ込んできた。
 前列の2人が目で互いに合図した。
「高速――」
「――ナブラ」
 移動した動きすら追えない素早さだった。蜂はパックリと斬られてしばらく震え、床に落ちて動かなくなった。
 フェリックスは剣をおさめてサヴァを見た。「さすがだね」
 サヴァは首を振った。「ダガーは本当、得意じゃないのよ。その傷口を見て、フェリックスの切り口より浅いから、それだけでは致命傷になったかどうかも――」
「近づくな!」ズィールが突然叫んだ。蜂はまだ死にきっていなくて、近くにいたサヴァに飛びかかった。
 カチンッ!
 サヴァは軽く握っていたダガーを蜂の牙で落とされてしまった。
「エアースラッシュ!」コッティが蜂を攻撃。自分に注意を向けさせようとする。フェリックスは背後から斬りつけ、ズィールはコッティに合わせてエアースラッシュで虫を止めようとした。
 虫はそれでもサヴァに向かっていて、サヴァはダガーに手が届かないまま、塔の壁際に飛びのくばかりだった。
「剣、剣さえあれば!」呟いて壁をさぐっていた右手が剣の柄らしきものに触れた。サヴァはそれを引きぬき、正面から蜂を一刀両断にした。

「やった!」
「よかった」
「錆びて見えたのに、すごい切れ味だったね」
 あとの3人もほっとして彼女に近づく。サヴァもほっとして笑いかけ、たまたま手にした古い剣を下ろそうとして、異変に気づいた。
 古い、黒く錆びただけの剣に見えたものは、いまやモンスターの血を吸って打ち上がったばかりのようにキラキラと光る刀身を誇っていた。だがよく見れば柄の両端に見える装飾は人の頭蓋骨そっくりである。
 この剣の名はブラッディソード。一度装備して戦えば、装備者の親しい者の血を浴びない限りほかの武器を装備できなくなる、呪われた装備品である。
 サヴァは何が起きたのかすぐに察して蒼白になった。
「大丈夫だ、サヴァ。この先にはきっと老師が待っている、はずす方法を一緒に考えよう」
 ズィールが言い、あとの2人も老師を見つければすべてうまく行くと口をそろえた。
「わかった。もう、落ちついたから」
 サヴァがあとの3人を逆になだめ、一行は虫の死骸を踏み越えて上を目指した。
 残りの数十段は外側についていた。唸りをあげる強風の中を、手すりもない階段が上に伸びている。太陽は強烈に照り付け、最上階の石部分は光ってよく見えなかったけれども、ズィールが一番最初に辿りつき、コッティ、サヴァと続いて上った。そうして最後に風でバランスを崩しかけたフェリックスに皺だらけの手が伸びて腕をつかんだ。
「よく来た、西世界の勇者よ」
 しわがれているが意思の権化のような声は言った。
「ここは、古の住人が闇を駆逐してくれる神を信じて作ったヴィマータの塔……」
「ヴィマータというのは?」
 フェリックスの問いに、ティベリウスは答えた。
「この地に住まうという、慈悲深く正義の心を持った、赤い鎧の勇者のことじゃ」
 風に耐えながら果てしなく広がる緑の海原を前にして立ったとき、フェリックスはどこか遠くで竜のうなる声を聞いたような気がした。