名を継ぐ者 〜VS.無敵のヴィマータ〜 ―ジャングル・ゲート内部―
赤いドラゴンは、フェリックスたちを見下ろすと、怒りをこめて言った。 「許さぬ、私の家族を、村を焼き討ちにする輩は絶対に叩き潰す」
コッティが言い返した。「モンスターがなに言っているのよ、逆じゃないの!」
「その通りじゃ。だが、眼中にあるのは我々ではなくて、幻影の敵なのだ」
「老師、ひょっとしてこの竜は……?」
ズィールが尋ねる。赤い熱風と踏みしめる振動が近づいてくる中でティベリウスは言った。
「そう、かつての英雄ヴィマータじゃ。魔王に正気を奪われ、最も守りたかった者たちを自ら破壊してしまった、悲劇の剣士」
「今ではゲートの主か。不本意でも、倒すしかない」
フェリックスが決然と言って剣を向けた。その切っ先に反射した光をとらえて、ヴィマータは牙を向いた。 「近いわ、フェリックス!」
サヴァが警告する。その声に敵はまた反応し、今度はサヴァを標的に捉えた。取り囲んだズィールと老ティベリウスを尾ではたこうと体勢を低くし、フェリックスとサヴァには、体をそらせて炎を吐こうとする。
「ファイアーウォール!」 コッティがシールドを張った。しかも、彼女の術は、ドラゴンの炎に負けるどころか押し戻そうとしている。コッティはにやりとした。
「見くびってはだめよ。私は炎の術を使うとき、その空間にある熱と空気をからめとって圧縮しているの。ドラゴン・ヴィマータ、この炎の壁は、あんた自身がおのれに向かって吐いているのと同じなのよ!」
炎の勢いが強烈に増した。ヴィマータはコッティの言葉通り、洞窟を覆うほどの炎を押し返され、むしろ自分が炎にまかれることとなった。
「おぉ」
「やるのう」
そこへ尾が来た。風を切る音すら耳が追いつかない、俊敏にして確実な動きである。
「おっと」
「早いのう」 なわとびのようによける師弟。だが2人を打ちのめさなかった尾は、その後ろの巨大な洞窟の柱を3本、叩き折った。柱の無数の破片が残る3人に向かって飛び散った。 「きゃー」
コッティは炎のシールドの下でしゃがんでいる。シールドの上で石柱がじゅわっと焼けて転がった。フライドエッグができそうだ、と思いながら、フェリックスは柱と盾でかわし、サヴァを目で探した。サヴァはブラッディソードとダガーをクロスさせ、見事に破片を跳ね返したが、まだ呪いの剣ははずれないままだ。
「私の妻を、よくも……!!」
ヴィマータはまたしても幻影の中に仇敵を見ている。周囲の炎がいよいよ強く吹き上がり、コッティ以外は立っているだけでも耐えがたい熱風にさらされ、そのコッティすらも、ヴィマータの炎が強すぎて、吸収して使うには危険が増大していた。サヴァがおとりになり、撹乱して背後をとる。いらだったドラゴンは、猛烈に咆哮し、素早い剣士2人につかみかかった。いくらフェリックスとサヴァでも、足場の悪い、これほど熱い場所では、つかまるのは時間の問題だ。
「早く、地相をかえるのじゃ」
「はいっ」
ズィールとティベリウスが玄武術を合成し、炎をまずしずめる。それからズィールが一人でその場にテンペスト=大嵐を呼び起こした。
「す、すごい。こんなときにネスがいたらなあ」
コッティは唇を噛んだ。その呟きが聞こえたはずはなかったが、ティベリウスがコッティに向かって叫んだ。
「君の朱鳥術でこの風にエネルギーを送ってみなさい!」 コッティは、そんなやりかたはしたことがなかった。だが、そこは天才、すぐさまパワーを風の奥へ送りこんだ。洞窟内の湖の水が総動員され、生き物のように水面から立ちあがる。
「フェリックス、サヴァ、離れろ!」ズィールがタイミングをみて叫んだ。
一同があとずさったところに、うねる大河と化した水を操る老ティベリウスと無傷のドラゴンが対峙していた。 「目を覚ませ、正義の竜戦士よ」そう祈るように念じてから、ティベリウスはズィールとあわせて術を放った。
「カカロッカ!!」
ゴォォォォ!
猛烈な炎を吐くヴィマータめがけて、大河は一気に逆流し襲いかかった。炎と水が衝突し、その衝撃で洞窟の天井を一部引き剥がし、突きぬけていく。その轟音に答えてドラゴンはまた咆哮した。大河の逆流カカロッカは、周辺を水浸しにし、吹き出す炎をおさめはしたものの、立ち塞がるヴィマータに対しては、一時的に動きを止めたに過ぎなかったのである。
「なんということだ……」ズィールが呟いた。
「いや、諦めるには早い。この洞窟ごと封印するというのはどうです?」 フェリックスが言った。
「それには、時間を稼がないと」コッティはそう応じ、ちょっと肩をすくめた。「それもさっきのより長くね」
「私がやるわ」それまで無言だったサヴァが言った。「このブラッディソードを、なぜかあのドラゴンは避けているの。私が相手をしている間にここを崩してしまえばいいでしょう」
「待ちなさい――」 ティベリウスがしぶるうちにもヴィマータはサヴァに狙いをつけて思いきり爪を振り上げた。コッティは見ていられず目を覆った。
爪はサヴァのブラッディソードと数度、交錯した。だが数度目にサヴァを勢い良く押しのけ、それから剣を宙に跳ね上げた。粉々にくだけるブラッディソード。その剣を握っていた右手に熱傷を受け、サヴァは悲鳴を上げ膝を屈した。
「サヴァ!」フェリックスは自分の剣を投げ捨てて、次の一撃をさけるように一緒に転がった。そこは行き止まりだ。
「まずいです、老師!」 ヴィマータは勢いをつけて右前足を振り上げた。ティベリウスとともにコッティが術を詠唱するが間に合わない。
やられる! フェリックスはサヴァの顔をかばって隠し、自分も顔をそむけた。その瞬間。
《父さま!》
人間ではない声が頭上から響き、何かが飛びこんできてフェリックスとサヴァをつかんで別の場所へひょいっと投げた。そのシルエットを見て誰よりも驚いたのはフェリックスである。彼は驚きが確信に変わると声を上げた。
「タムタム!!」 《そう、僕です、フェリックス。父さま、思い出して、僕が生まれたときのこと!》
《お前は……!》
ヴィマータは呆然としてその場に倒れこんだ。その傍に赤いワイバーンが寄り添った。すると、周囲に再びたちこめていた熱気がおさまり、赤いドラゴンは光の中で重傷を負った戦士の姿に変わっていき、同時に、ワイバーンは赤毛の、賢そうな顔をした少年に変わった。 「……卵のときに、殺されたとばかり思っていた。大きくなって……」ヴィマータは息子を抱きしめた。 「僕、小さいときに売られて、見世物小屋にいたんです。それをこの人の家族が保護してくれた」と、タムタムは微笑んでフェリックスを示した。「僕はずっと小さなワイバーンだったけれど、それでも、家族のように接してくれたの」
「そうだったか。ひょっとしたら、ドラゴンと人間が、仲間になる世界が、またくるんだな」
「違うよ、父さま。そんな世界はね――」少年は優しく言った。「もう来ているんだよ」
「そうか」
感慨深げに言って、ヴィマータは自分と息子を取り巻く数人を見回した。そして満身創痍の体を起こし、剣を支えに立ちあがると、彼らに向かい、王者らしい一礼をした。一同も当然のように礼を返す。だが顔を上げたヴィマータはそこで崩れ落ち、もう最後だと察して涙ぐんでいる息子に言った。
「よく、ここへきて、私の愚行を止めてくれた。息子よ、わが名を継げ。今度こそ、愛する世界を守れるように」 そのとき、後ろの石柱からカランと音がして、Rに見える金属が落ちてきた。そうしてフェリックスたちがそれを手にするのを見届けて、ヴィマータは静かに空気の中に消えていった。 やがてタムタムは涙を拭い、フェリックスたちに向かって言った。
「このゲート跡は間もなく崩れ落ちます。それで、そこの朱鳥術の方には奥の岩の間にある術の書を、そしてフェリックスには、これを受けとってほしいんです」 「うん」フェリックスは年下の親友にするように応じた。手渡されたのは伝説の炎の剣である。
「次にはしかるべきとき、しかるべき場所で、お会いするでしょう。今度は、父と同じレッド・ドラゴンの姿でワイナ・ヴィマータとして。そのとき、きっとこれを帯びてください」
「約束するよ」と、フェリックスは言って、剣を脇に抱え、少年の姿のタムタムをぎゅっと抱きしめた。
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