絶対絶命無理難題
〜ヤンとネス、合成術に挑む!?〜
―ファルス街道沿い―

 ごおおおん、と物凄い音がして、ラセツの振り下ろしたハンマーが大岩を砕いた。
 いつの間にハンマーなんて、装備したんだ、と思ったのはヤンもネスも同時だ。
 さっきの寿命が尽きたラセツとは比較にならないスピードと破壊力。迫力も違う、それも桁外れに。
 術を使おうにも詠唱する時間を稼げず、2人は絡まるようにして丘を駆け下った。
「どうするんだ、逃げたって追いつかれる!」ヤンが叫んだ。
「時間を、時間さえあれば、ええと、だから、林に逃げ込め!」
 弱虫だけに、それとも弱虫だからなのか、ヤンは素早いネスに劣らず逃げ足が速く、林に飛び込んだ。ラセツは大型化していたので、林の樹木が邪魔になり、それをなぎ倒してくる間はすぐには捕まらなくて済む。とはいえ、バキバキと樹木の枝が折られ、葉が舞い落ちる、その速度は恐怖をあおるには十分だ。 
 そんな中でネスは近くに川のせせらぎを聞いた。
「あっちだ、ヤン」
 ヤンはソーンバインドを連続して打ちながら後退するように川へと向かう。川では、ネスがすでに術を練り上げ、ラセツはヤンを狙っているが、ヤンは相変わらず転がるように攻撃をかわした。
「おとりにしてごめん。でもこれで当座は十分だ」
 川の水が柱となってネスの掲げた手の上に舞った。ラセツはこのときやっと、ネスという獲物に気づく。
「こっちへ来い、化け物。その調子だ」
川に入ってネスに迫るラセツ。ネスは手を敵に向けた。
「スパークリング・ミスト!!」 
 ヤンはネスの背後に飛び込んだ。そして振りかえると、ラセツが水の柱い覆われ、強烈な電流にしびれてのたうちまわっているところだった。
 ドサッ。
 あとずさって土手に倒れ焦げた臭いを発するラセツを見て、ネスはためいきをついた。何もしていないがヤンもためいきをつく。
「やったか?」
「だといいね」
 ネスは厳しい目つきでラセツを注視した。ラセツは、ちょっと頭を振り、立ち上がろうとする。
「よし、何発でも食らわせてやる」
 ネスが再び術を向けようとしたので、ヤンが言った。
「単発では倒す前に術力がなくなる。合成術のほうがいい」
 ネスは「えっ?」と言ってヤンの顔を見た。 合成術、たしかに威力があるだろうが一度もうまくいったためしがない。しかもここでしくじったら、至近距離で、武器も持たない2人はどうなるか、恐ろしくリアルに想像がつくというものだ。
 しかしヤンはまじめな顔をして、立ち上がるラセツを観察していた。
「たしか、君ら言ってたよね、ラセツにはここは寒すぎると」 
「うん、でも−−」
「それが弱点だ。ネス、スパークリング・ミストでいいから、波長を合わせてくれ」
「わかった」 
 ヤンはここへきて落ち着き払っていた。ネスがそっとうかがってみても、恐ろしい目にあいすぎてブチ切れてやけくそになっている、とも思われない。
 ネスはスパークリングミストを練り上げた。ヤンは空を見上げ、手を天へ向けた。ラセツは完全に回復し、咆哮して2人を標的と定めると川を歩いて迫ってくる。ネスは、逃げ出したい衝動にじっと耐えた。
「今だ、打て!」 
 ヤンが叫んだと同時にネスはスパークリング・ミストを放つ。と、その水柱にヤンの術によるイバラが巻きついた。まるで長い長い蛇のようなそのイバラは、川の真中で白い蛇に変化した。
「!?」 
 ネスは驚きながらも術の集中をとぎらせない。ヤンはというと、上空の冷気を集めてできた白い蛇を操り、もがくラセツを締め上げていった。そして、ヤンの髪が青みがかってなびいた瞬間、白い蛇は煙を発して急激に凍りついた。
 ギィィィッ! ラセツは苦痛の声を発し、氷から逃れようと暴れている。しかしもがけばもがくほどに、水は広く凍りつき、そこへ雷撃の電流が縦横へ走った。周囲の土手も、少し距離のある藪でさえも、この術を食らい、雷撃が止んだときには風景が変わっていた。
  グタン、とついにラセツはその場に倒れこんだ。
 「今度は、やったか?」ネスが聞いた。
「やってなかったら、困る」ヤンがもごもごと言う。「術力全部使った」
「せ、−−」ネスは身動きをはじめたラセツを見まいとして、小声で言った。「節約しろよ!」
 2人はまた、急いで林へと走りこんだ。

  一方そのころアリエンは、馬車を急がせて街道を走っていた。何より魔物の傍に残してきた2人が気になった。伴走するティリオンも時々ぶるっと鼻を鳴らし、もっと早く行こうとアリエンをせきたてる。ティリオンにも2人の危機がわかるのだ、とアリエンは信じていた。
 そのティリオンが、2人と別れた近くの丘の麓で急にストップした。アリエンは馬車を急停止させ、怯えている馬をなだめてから、ティリオンに飛び乗った。
「ヤンとネスがこっちにいるんでしょう、連れて行って、ティリオン!」
 灰色の愛馬はその声に応えてさお立ちになり、少しの重さも感じさせない速度で丘を駆け上がった。すぐに見つかった川の辺が明らかに戦闘のあとを示している。アリエンはジャベリンの鞘を払い、ティリオンの行く通りに走らせていった。