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突入隊の真実

~オリバー、ニルギニを詰問する~
―アクバー峠近くの村―
  

 石だらけの道は、時に砂漠になり、また草が生えていたりした。オリバーとロサはできる限り急いで、今日出発した村を目指している。途中を負傷者を連れた味方が移動してるはずで、恐ろしいマンティスゴッドの親玉が、かれらを餌食にしようと追っている。いくつかの砂丘を越えたところで、オリバーはついに一行を視界に捕らえた。
「追いついた。魔物はあれか?」
 一行を追うように、昆虫モンスターが蛇行しながら移動している。血の臭いが呼び寄せたのだろう。
「さっきのも来ているはずです。砂に潜っているんだ」
 ロサに言われて滑らかな砂に目をやる。すると、一部、風とは逆に動く一角が見えた。
「させるか」オリバーは素早く矢をセットし、頭部が出現するのを待った。
 ズズズズ……
 頭部は味方の背後数メートルのところでその姿を現した。オリバーの狙いはその後ろ正面。バネの音がはじけた。矢は砂の上を裂くように飛び、魔物の頭部に突き立った。
ビシュッ! マンティスゴットは思わぬ傷を受けてのめり、自慢の鎌を前に投げ出す。このタイミングで味方に近づいていたオリバーとロサは、危険を知らせるため指笛を吹いた。
「負傷者を囲め、モンスターだ」
 兵士はうろたえることなく剣を構えた。いやらしい羽音を立てて、凶暴化した虫たちが襲い掛かった。その向こうで、巨大な昆虫は頭を切られて緑色の液を垂れ流している。
「あいつの鎌に気をつけろ。砂に潜られる前に仕留めるんだ」
 運ばれる負傷者の中で、意識がはっきりしていた隊長が的確に指示した。彼は両足の腿をひどく負傷し、かなり失血していたが、上から襲ってきた何匹かを見事に切り伏せた。
「ほかのモンスターがよってくる前に片をつけよう」
 オリバーは術を使いこなす者を後列におき、援護をさせた。このやり方は功を奏し、どうにかすべてのモンスターを退治することができた。
ちょっと足止めを食ったね。でも誰もこれでケガをしなくて良かった」
 オリバーは心底思っていたことを口にした。負傷者を急いで、しかもできるだけ安静にして運ぼうと苦心するオリバー。そんな彼をナジュの若い隊長は、黙って見つめる。そして、独り言のように言った。
「君たちがほんの少数でも、これだけの精鋭だと分かっていたなら」
 もう村に入っていたので、オリバーは立ち止まった。「分かっていたなら?」
 どうするのだったのか。
 村人が次々と出てきて、負傷者を屋内へと運ぶ。ニルギニも現れ、一行に深深と礼をした。その間でオリバーの視線を感じて、隊長は悔しそうに言った。
「あそこで、私は命令に背けばよかったのだ……」
「命令って?」
隊長の頬には涙が伝っていて、その目はもうオリバーでも誰でもなく、ただ空を見ていた。そして、それ以上は何も言わず、息が絶えた。オリバーは十字を切り、ニルギニが、黙って彼の目を閉じてやった。そして、ニルギニはオリバーを振り返り丁重に礼を述べた後で、ジョカルがいないが、と控えめに指摘した。オリバーはありのままを伝えた。

「なに、ふさがれた谷の奥へ?」
「ええ、センウセルトを助けるつもりなのです。脱出は崖を上ると言っていました」
「あなたはすぐに、……お味方とともに戻るのでしょうね?」
 ニルギニは冷静に念を押す。そのとき、傍の部屋で聞こえるあわただしい術士たちの詠唱が途切れたようだった。一定の処置が終了したということらしい。だが、それだけにとどまらない、不思議な静けさが訪れていた。
 オリバーは、ふーっと息を吐いてからニルギニを見つめた。
「その前に。ジョカルは、今日出発してこれだけの生存者を見つけました。そして崩れた岩の向こうにもセンウセルトがいると言いながら入っていったんです。しかるに」オリバーは声がうわずりそうだった。「しかるに、あなた方は、センウセルト隊はもう何日も戻らないと言われました。なるほど、センウセルトたちは絶望的な状況に陥ったには違いありません。でもそんな状況下で、彼がジョカルに決闘を申し込んで、またファルスとナジュを往復したのでしょうか。それとも突入する前にファルスに来ていたのでしょうか、ガーディアンに襲われる村を放置して? あなたの話を信じるならば、どう考えても日数が合いません」
 ニルギニは穏やかにオリバーを見つめている。「たしかに、そうなりましょうね」
「ですからお答えください」オリバーはわかりやすく発音しながら言った。「僕の疑問はひとつです。正確に、センウセルトはいつ峡谷に突入したのか」
 ニルギニは、ちょっとだけ眉をひそめたが、負けた、という感じで首を振った。
「峡谷でセンウセルト隊が実際に何をしたか、私は知っているわけではありませんが」と、言葉を切って、どう話すものか思案し、やがて語り始めた。「セウンセルト様は、強力な術使いでした。剣士としてよりももっと、術に優れていたのです。そしてその資質は、剣士の父君からでなく母方から受け継いだものでした。母方というのが、ゲッシア王家に属する血統なのです。それでセンウセルト様は母君が亡くなると、すぐに王になるための教育を受け始めました。しかし、住んでいた砦も教団の強硬派が差し向けた敵に発見され、味方も次々に倒れ、とうとうこんな村に落ち延びてきたのでした。そして父君は巨大化したサソリのモンスターに殺され、残った村の者は必死で戦いつづけました。その戦いの中で、センウセルト様が習得した術に、結界石と術を連動させるものがあります。結界石は、不思議なことにこの村の井戸の水を干して結晶を取り出すと簡単に作れるのです。ただ、術そのものは、センウセルト様にしか使いこなせません。それは」
 ニルギニは絞り出すように小声で言った。「一定時間、全く別の場所に移動し、その場には影の分身を置くという術です」
「シャドウサーバントの応用ですか。でも彼は決闘を申し込んできたのですよ」
 ニルギニは首を横に振った。「普通に救援を求めることはかないません。西の国は我々には今でも敵の領土、そこへ下手に弱点をさらして侵攻を誘うことがあってはならないのです。決闘とは極端ですが、ジョカルさんだけをここへ呼び寄せる方法として、いかにもセンウセルト様がやりそうなことだ。しかしそうまでして術でファルスに現れたと考えるならば」
「ジョカルをからかいに来たんじゃなくて……」
「そうです。この村を、伝説の剣を持つ、ゲッシアの末裔に救って欲しいと訴えていたのです」
「でも、それから時間がたっています。その術は、時間も飛べるのですか?」
「それは無理です。10分もすれば、元の場所に戻ってしまうのがあの術の欠点」
「でもそれなら--」
 オリバーは青ざめた。それなら、センウセルト隊は、助かる見込みがないからこそそんな術でジョカルに会いに来たのだろう。つまり、彼らは、自分たちがもはや守れない村の人々を助けてくれることだけをジョカルに託したかったはず。それをジョカルは、わざわざ味方の入れない場所に行って、ガーディアンの巣窟へ自ら飛び込んでいった。だがセンウセルトはもう殺された後で、第二の突入隊はあの隊長以下、今、村まで連れてきているのだ。
 椅子を倒して立ち上がったオリバーにニルギニは言った。「出発なさいますか」
「ええ」オリバーは冷たい自分の声に自分で驚いたが、ここへきてまだ穏やかに微笑を浮かべるニルギニにひとつ言ってやらねば気がすまなくなった。「さっき隊長クラスの方が、亡くなる直前にこう言いました、あのとき命令に背けばよかったのだと。これは絶望的な突入を悔いた言葉ではありませんか? ジョカルは西の生まれですけど、ナジュに対して特別の思いを持っているし、名誉を重んじる、いわば古風なところがあります。決闘相手を探して律儀にここまで来て、実は決闘相手はガーディアンだと、そんな酷いことになっても逃げないでしょう。でもそこまで追い込まれるべき理由はジョカルにはありませんよ。こんな言い方は失礼ですけど、あなたに罠にかけられたような嫌な気分がしています」
 ニルギニはその背後から言った。「峡谷の奥にはたしかにもう一人いるのです。ジョカルさんが感じたなら、おそらく、いや、間違いなく生きておられる。もしもともに戦うことができたら、勝機もありましょう」
 オリバ―は歯を食いしばって振り返り、
「こちらも命がけなんです、無責任な言い方はもうやめてもらえませんか。センウセルトはもう何日も前に味方とともに殺され、僕らは今日やっと、負傷者だけ救出したところです。あそこにまだ誰が残っているというのですか!?」
 と、ビシリとニルギニの顔に指を指した。もうごまかしや秘密は通用しない、させないという意思を込めて。
 このときはじめてニルギニは穏やかな微笑を消し、王家の神官らしい態度で応じた。
「隊長が言われたのは、自分を助けるためだけに誰も後を追うなという命令。生きて帰れない戦いに味方を道連れにするのではなく、反対に、自分だけを犠牲にして皆を生かそうとした言葉です。それと同じ言葉で私にもきつく命令した方がいらっしゃいます。それは、センウセルト様の姉君。村を救うため、最後の一隊を率いて突入なさった、ライラ=ジャミル様です」