大軍を討て!
〜フェリックスのはみだし偵察行動〜
―ファルス、ゲート前本陣―

 ファルスに2つの援軍が到着と同時にファルスのゲートは大きく口をあけた。まるで待ち構えていたようだ、とジョカルは思った。
 ゲートからはこれまでとは桁違いの数のモンスターがあふれ出てきて、モンスター慣れしているファルス=スタンレー守備隊も不安にかられるほどである。腐臭のする黒い大軍は、開いた道筋で時折動きを停滞させ、その群の姿を分厚く変容させながら、徐々に本陣をめがけて移動してくるつもりらしい。

「合流して作戦を立てている余裕はない。ここで全軍を3つに配置する――」
 ジョカルは落ちついて本陣に戻り、伝令を控えさせていた。
「ピドナ義勇軍は左翼を、ツヴァイク騎士団は右翼を、我々は前後2隊に分かれて中央を守ることとしたい」
「はっ!」伝令は各司令部に飛んだ。ジョカルは続けて部下に言う。
「投石機とボウガン隊は第2列に待機、第1列が平原に追いこんで殲滅する!」
「第1列を率いるのは?」
「オレだ」ジョカルは再び兜を被りながら応えた。

 馬に乗って平原を見下ろす地点まで来ると遠雷が聞こえた。雲行きが怪しくなっているようだ。ツヴァイクの旗は右後方、賑やかな義勇軍は左後方にすでに陣取っている。ジョカルの第1列は大槍を水平に構え、整然と丘の前面を守っていた。そこでなぜかフェリックスの姿が見えないが、今は探している余裕はない。
 ガラガラと音がして、数台の投石機がテントの後ろから姿を見せた。すぐ手前まで敵の帯が迫ってくるまでジョカルは待機と命じ、ボウガンの射程に入ったと見るや叫んだ。
「攻撃開始、弓隊、射てーーッ!」

 味方の頭上をごつい大岩が空を切って飛んだ。進んでくるゴブリンを直撃で倒し、斜面を転がりながらドラゴンを弾き飛ばし、もそもそと進むゼラチナマスターを土にめりこませた。敵の大軍はこの先制攻撃で秩序なく乱れていて、ジョカルは第1列の槍騎兵を率いてその群に突撃した。その圧倒的な勢いに押されて散ったモンスターは、ツヴァイク騎士に蹴散らされ、ピドナ義勇兵の多彩な攻撃に屈服するしかなかった。

 ゲートのある穴からは黒煙がもくもくと立ち昇る。戦場は、ジョカルの思惑通り平原に移行しつつあった。
 その平原をゲートの近くから馬を飛ばしてくるフェリックスの姿があった。これを見て、後方を守る各中隊のトップ、つまり、コーデル、オリバー、アリエンはあとを部下に任せ、彼と合流した。
「戦場の真中を突っ切るなんて無謀だわ、フェリックス」うっとおしそうに兜を脱いでコーデルはそう言ったが口調は冷めたものである。「それで、何事?」
「別の入り口で小人数で奥まで突入できるルートを見つけてきたんだ。ジョカルは最前線だから抜けられない、しかしオレたちだけで行けると思う」
 オリバーとアリエンは黙っていたがさすがに驚いた。
「その奥まで行けたとして、そこにボスがいるんだろうか?」
「そうともオリバー、こっそり確認してきたから間違いない。ものすごく熱い場所で、大猿のような奴が背を向けてゲートの肝心な扉を守っているようだった」
「確認、してきたの?」アリエンは信じられないという顔で念を押した。
 うん、と当たり前のようにすましているフェリックス。コーデルは決心して言った。
「アレクに…いえ、すぐに突入しましょう。今はこちらが優勢だけれど、もし新手がいつまでも出てくるようなら疲弊するわ」
 アリエンはコーデルとフェリックスを交互に見ながら尋ねる。
「ゲートの魔物さえ倒せば、このモンスターの群は、少なくとも出所を絶てるっていうこと?」
「その通りだ」フェリックスは肯いて言った。

 彼らはすぐに行動に移った。素早く馬に乗り、そのまま平原をゲートの裏側に向かって走りぬける。このときはじめてジョカルは一向の姿に気付いたが、彼らの中隊はジョカルの指示に従っているのでここは黙認するしかない。いや、黙認しろという意味に違いないと思った。

 平原が丘に繋がる道筋で、鍛冶屋3兄弟が荷馬車のまま一行を待ちうけていた。彼らが近づいてきたので待つことにしたと見える。
 「どうした、戻れずに困ってるのか?」
 フェリックスは馬を軽く止め、トロット歩行で荷馬車に寄った。
「コーデル様にね、軽量の兜を差し上げようと思って」
「え?」
 コーデルは答えに窮した。彼女はこれまで鍛冶屋のような平民と親しくしたことなどなくて、個人的に必要な品を前ぶれなく贈られるのも初めてなのである。半信半疑でクリスから兜を受け取ると、それは首までを覆う装備としては信じられないほど軽量で薄かった。
「暑そうで、お気の毒だったから軽く作ってみた。でも強度は抜群のはずだよ。使ってくれる?」
 縮れ毛の少年は、上目遣い気味にコーデルを窺った。コーデルは返事の代りにその兜をその場で被って見せた。
「良いようだわ。……ありがとう」彼女がそう小声で言うと、3兄弟は互いに両手を打って祝い、にこにこしているオリバーに目配せしてみせた。  

 兄弟と別れた4人は間もなくゲートの別の入り口の前に到着した。その周辺は細かい岩が転がるだけの荒地のままで変わったところは無い。彼らは馬を降りて武器を構え、フェリックスを先頭に、口を開けたばかりのアビスに続く道に踏みこんでいった。