ストーンサークル
ガーディアン、最初の1体
〜ファルス・ゲート最深部〜

  洞窟は、入り口付近こそ普通の花崗岩でできていたが、奥に進み、ある大岩の扉のようなものをくぐると、様相が一変した。そこはまるで小さな都市遺跡であった。今すぐにでも数十人ならきっとここで暮らせるとアリエンは思った。  
 光がどこから差すのかは分からないが全くの闇ではない。足元は固く、自然にできたにしてはいかにも整然としていて、殆ど石畳ではないかと思えるほどだった。そうしてふと立ち止まると、その都市がまだ生きていた頃の姿を想像することができた。都市の周囲はなだらかな緑の丘陵で、黄金に輝く畑があり、平原には、美しいここの住人を慕うかのように空から――。

「アリエン?」  
 コーデルの声に彼女はハッと我にかえった。
 「ごめんなさい、余りに静かだから驚いて。……モンスターがいないのね」
 響かないように小声で言った。フェリックスはちらと振り返り、建物めいた岩の陰を指差してにっと笑った。
 水溜り……? アリエンはオリバーと2人でそっと寄ってみた。倒したスライムの山ができていた。コーデルはふっと笑って肩をすくめ、アリエンたちが戻ると背中を軽く押して急がせた。
 それほど長い距離を歩いてはいないのだが、ずいぶん曲がりくねった道で、下降している感じだった。やがて空気が熱くなり、足元が赤っぽい砂になり、巨大な門が見えてきた。
「あそこだ。これから奴を倒すが、どんな技を使ってくるかは知れないから、オリバーを後衛にしてあと3人で猛攻撃をかけよう。オリバーは弓で援護を頼みたい、どうかな?」
「了解、フェリックス」
 落ちついたオリバーの答えに、アリエンは自分もほっとする気分だった。
4人は静かに門をすりぬけ、赤い光を背にしたこの地のゲートの番人を取り囲んだ。姿としてはオーガロードに似ていた。
 フェリックスとコーデルは剣を抜く。アリエンは聖王の槍を低めに敵に向けた。
 フェリックスは用意ができたと見て指笛を鳴らした。透明な音が辺り一帯に響き渡り、これに気がついた敵モンスターは、赤黒く見える背をめぐらせ、憎悪に満ちた魔獣の顔はギトギトする大口を開けた。
「おい、こっちだ!」フェリックスは立ちあがった敵を左右に撹乱し、隙ができた拍子に足に一撃を加えた。だらしなく肉塊がはみだした図太い体は素早く動けない。苦痛に膝をついたところへオリバーの矢が顔面に突き立つ。アリエンは真正面から槍で挑発し、怒り狂った敵は両手で持った巨大な斧を叩き下ろした。
 シュッ。
 つぶれたアリエンは幻覚だった。コーデルがシャドウサーバントをかけていたのだ。頭をとらえたアリエンは槍で敵の首を刺し、交差してコーデルが利き腕を切り裂き、フェリックスが胸を一突きにした。これが致命的で、敵はうめき声とともにどっと倒れた。同時にひどい熱さが消え、背後の光が収束していく。そして倒れたまま、魔物は口をきいた。

「かかったな、愚民ども……この世界の裏半分は破壊神の支配下にあり、その手下はうずうずしてゲートが開く日を待っていたのだぞ。貴様らが我を倒したために、魔物のなだれ来る門の数は倍増しとなる。恐怖の先触れである我等ガーディアンの……脅威にうち震えるのはこれから――」
 そして魔物は4人を血走った凶暴な目で睨みながら低い声で笑い、針金のような毛がびっしりと生えた不恰好な手を伸ばしてアリエンを指差した。
「……クラウディウスの娘か、道連れにはちょうどいい」
 言い終わらぬうちに鋭い矢が魔物の喉に刺さった。
「黙れ」オリバーは怒りに駆られてさらに矢をついだ。「黙れ、黙れ!」
 魔物は数本の矢を喉と顔面に受け、オリバーを眺め回した後でついにこときれた。
「オリバー、大丈夫よ、わたしが手前にいたから捨て台詞を吐いただけよ、きっと」
 アリエンに肩を叩かれオリバーはうん、と自分を制した。そして下を向いた視線の先に、敵が落としたハンマーのような物体が転がっていた。

「ガーディアンの脅威か。魔貴族じゃないんだな」フェリックスは淡々と呟き、収束した光の見えた空間を覗く。
「でも不吉な預言だったわね、ゲートがこれから増えるなんて」
 後ろからコーデルが言った。フェリックスはさっさとその穴に滑り降りてから、彼女に来いと合図する。
「そこに何かあるの? 入れる広さがあるの?」
「それどころじゃない、来たまえ」

 コーデルとアリエン、オリバーの3人は、フェリックスに言われて奥の穴へと降りた。そこはさらに薄暗く、目が慣れるまでは前方に水があることしか分からなかった。だがフェリックスが指差す方向を見ると、そこには並べられた灰白色の石が綺麗な円形を作っていたのである。
「水には触れないほうがいいわ」
 コーデルに言われてアリエンは水際からさっと引き返した。だがここにはそういう、害悪を及ぼすような空気が感じられない。話し声は心地良い程度に響き、あとはまた足音だけが続いた。
 フェリックスはオリバーとともに、並ぶ石柱を見回していた。数えると全部で24あり、その全てに古いメッサーナの文字らしきものが彫りこんであった。文字を写しとって並べて見るが全く意味をなさない。
「ここに誰か人が入っていたことは確かだね。少なくとも破壊神とやらはメッサーナの字は使うまい」

 しかし押しても叩いても石柱はそのまま変化なし。うーんと溜息まじりに唸ったフェリックスは、独り言のように言った。
「あの大猿は、自分が倒されることは承知していた。わざとここに通して謎に直面させたとしか思えない」
「謎を解けば現れる何かが目的だとでも?」
「多分ね。しかし奴らも解法を知らないのさ」
 
 義勇軍集結に合わせたかのようなゲートの開口。モンスターの殆どいない最深部へのルートの出現。これらは偶然と呼ぶには義勇軍にとって都合が良すぎる。それだけではない。この最初のガーディアンはアリエンの出自を見破った、というよりも最初から知っていた。まるで突入してくる勇者を値踏みするかのように。
 人類とアビスが同じ謎を解くことによって同じ答えを得る? だが一体どちらにとってそれは絶対的な答えなのか。ゲート封じに来た全ての勇者はアビスの破壊神に騙されて、捨石の雑魚を倒し、もっと恐ろしい存在を世界に呼び寄せる手助けをさせられているだけなのか。それとも破壊神の企みのさらに裏をかいて、なんらかの力が人類に味方しているしるしなのか。それは、解いて見なければ分からない。

 フェリックスとコーデルが話している間に、オリバーは小さな手帳にスケッチしながら石柱を回っていた。そしてふと、「あ、これ」と立ち止まり、ハンマーを石柱のひとつにあてがった。
 ハンマーの形状とその彫り痕は寸分の狂いもなく合致し、オリバーが軽く押しこむと、石柱が微妙に動いたようだった。だがしばらくするとハンマーは拒絶されぽろりとこぼれ落ちた。
「ねえ、今急に風が……」アリエンは鋭敏に察知して言った。「石窟の奥でこんな気持ちいい風が吹くなんて変よね」

 何か変化が起きたことは間違いない。こうなるとジョカルたちが戦っている敵はどうなったか気がかりだ。4人はすぐに戻ることにした。そうしてその石柱の背後から出口を見上げて、ゲートの奥におよそ似つかわしくない光景に一瞬立ち止まった。
 出口の円形の穴からは薄明るい光が漏れ、ずっと沈黙していた石柱群はこのとき微かに反射して輝いていた。そして4人の傍を清々しい平原の風が吹きぬける感覚があり、頭上にはまさしく、神秘的な細い月が懸かっているように見えたのである。


<第1章終>