解読7――砦にて


   ルーシエン、一大事です!

この手紙が船便になっている理由を述べねばなりません。
タムタムが、私の大事なワイバーンがいなくなってしまいました。別段変わったことも、酷い目にあったこともなく、書庫の暖炉の前を気に入って、ヤング先生をおしのけて座っていましたのに。
父は私の落胆振りを心配し、部下の人たちまで動員してロアーヌ中を探してくれました。 でも見つからずじまいでした。むしろ、私にはわかっていたのです。
タムタムは、ここが嫌になって出ていったのではなく、何か目的があって、出かけていったのだと。行き先はきっと南国だと思います。(だからロアーヌにいるわけはないと思います)
そう申し上げたら、タムタムの謎を解く鍵はこの本にあるかも知れないとヤング先生は仰いました。

《マハスの一行は無事に陸地を見つけて上陸した。一帯は人家もない平原で、東部にだけ森が見えた。マハスはイザベルの住んでいた地域を目指し、次の日の午後、荒らされた集落跡を発見した。
 その荒らされ方は普通ではなかった。住居は土レンガ造りだったのだが、傍の大木もろとも一瞬でなぎ倒されたように見えた。放牧されていた家畜は立って逃げ出す格好で骨になっていた。イザベルはこの光景を見て青ざめたが、もとが気丈なので、ここは自分たちの国ではなく、その周辺の小さな村だろうと説明することを忘れなかった。一行が進んでいくと平原が抉り取られて硫黄が吹き出す土地があった。
 イザベルの国はその北部にあり、強固な石造りの砦が残っていた。イザベルの父や兄たちはここで敵を迎撃したのである。そこには生存者はいないように見えたが、兵士の1人が重傷なまま残っていた。彼は敵の最終形態を目撃した唯一の生存者であり、砦の最期を語るためにイザベルを待ちかねていたようだった。
「月が昇る頃に不気味な風が起きた。周囲は暗く、しかしそれは日没によるものでなく、どこからか押し寄せる闇だったと思う。ここは高台だから、平原を見下ろせるがその平原にぽっかり穴が開いて、巨大な鏡が出現した。あれは鏡にしか見えなかった。すると、空に浮遊していた黒い影が2つに増え、羽ばたいた。
 最初の羽ばたきで平原が抉り取られた。2度目の羽ばたきで建物がなぎ倒された。死の風を浴びた者は一瞬で殺され、弓も剣も何の役にも立たなかった。羽ばたきは3度目に大量のモンスターを送り込んできた。戦力の落ちた砦では、それは絶望的な戦いだった」
「しかしモンスターは殲滅したのだろう、どこにも姿がないぞ」とマハスが言うと、兵士は頷いて、
「殲滅したのは風だ」と言った。「東の方で、大規模な戦いがあったようだ。轟音が響き、岩山が砕けるのがここからでも見えた。そして最後に風が起こり、闇もろともに全ての敵を吹き飛ばした」

 砦に敵の近づく様子はなかった。重傷の兵士は手当てされ、ベッドに寝かされ、安心した様子になった。そして深い眠りに落ちるように息絶えた。一部始終を語ることのみを使命と感じてそれまでどうにか意識を保っていたのだ。
  マハスはイザベルとともに簡単な玉座のある一室へ入った。玉座の後ろには小さめのタペストリーがあり、その図柄はよく見れば月と一角鯨だった。海で去っていく白い背を見た者たちは、その姿に神々しさを感じていた。マハスはこの図柄を紋章にしたいと仲間たちに言った。
  ちょうどそのとき、天窓が破られ赤黒いゴブリンが飛び出してきた。シアンは驚いて危険を知らせ、マハスも勇敢に剣を構えた。けれどもゴブリンはその切っ先を軽々とかわし、今にもマハスの首に噛みつこうと飛びかかってきた。
  やられると、マハスがすくんだとき、魔物を剣で貫いた騎士が立っていた。黒髪が肩まで垂れた精悍な若者で、傷だらけの黒の鎧を纏っていた。そして無言のまま、マハスたちが目を放した隙に消えてしまった。
「今のは誰だ?」とマハスは言った。シアンは心当たりがあったので口を開こうとした。けれどもそこへどやどやと部下が入ってきて、この魔物はどうしたのかと口々に聞く。ビコールの1人がそこで言った、勿論マハス様が一撃で倒したのだと。シアンは兄の目を見詰めたが、マハスは目を合わせず、そうだ、と答えただけだった。
 翌日、マハスは安全になったらしい砦を再建することを宣言した。部下たちはマハスを王にと主張した。シアンは、王位があるならそれはイザベルのものだと思ったが、マハスはイザベルに求婚し、彼女も承知したのだった。
 その報告をしたときの彼女の、どこか悲しげな瞳はちらとだけシアンに向けられ、シアンが無言なので失望したように伏せられた。
 マハスなら剣で彼女を守る、そして王にもなれる。尊敬する兄でもあるマハスと自分ごときが、どうして彼女を奪い合うことができよう? 海で、恐るべき呪いも一身に浴びると言えた勇気を、このときのシアンはどこかへやってしまっていた。
 数日後、兄は彼に南行きを勧めた。マハスは、弟にも新たな国を作るチャンスを与えるつもりだったのだ。急がなくて良いと言われたが、その日のうちに、シアンはこの砦を出て行った。兄には、十分な旅費と武器と、なくした笛のかわりにとリュートを持たされた。
 それはしごく当然であった。マハスの国は石で出来た強固な砦であって、そこに音楽は必要ない。シアンのようなお人よしの弱虫もまた不要だ。イザベルはマハスと一緒のほうが幸福なのだ。
 シアンは大声で泣きたい気分だった。大事な人から離れていくことを、一言、嫌ですと言えさえすれば!――
 平原を歩いていくシアンが振りかえると、高台にそびえる砦に月と一角鯨の真新しい旗が風になびいた。》

 この紋章、地理的な位置。かの国しかないと思いますがまだ断定はしないでおきます。
それからシンパシー学派がつきとめた事柄と、一致する点がありました。破壊者を倒したのは風、という下り、もう1冊のジャングルの本では「太陽の乙女の敗北」となっているのです。ジャングルの本はますます物語的で暗号も少なく、いかにも「読んで貰いたくて」書かれたようにも見えます。そしてその部分に登場する太陽の乙女の名は【エラノール】とだけお知らせしておきます。

――アンゼリカ 
 




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