解読8――悲劇のヴィマータ
親愛なるルーシエン;
戻ってくるとは信じているのですけれども、私はタムタムが心配でなりません。そんなときジャングルの本を解読しているシンパシー学派が来て、ページが続いているが空白で、その部分は解読不能だとヤング先生に言いました。私はちょっと頭に来て、本を取り上げてしまいました。 でもどうやって解読すればいいか知るはずもありません。もう1冊のように月の光にかざしてもなにも浮かんできません(そもそも天体の記号が描かれていません)。それで、不機嫌に暖炉の傍に座りこんでいたら、空白のページに文字が出現しました。かざすべき小道具は炎だったようです。
《水晶の城で、人々は元の繁栄を取り戻すことができたが、そこは増えすぎた人口を支えるにはあまりにも不毛の土地であった。そこで一部の人々は南へ下り、船で次の陸地へ辿りついた。 うだるような密林が彼等を出迎えた。しかし不思議と危険なモンスターも毒虫も現れず、奥に踏み込めば踏み込むほど、空気は澄んで冒険者たちの足取りは軽くなった。そして、ジャングルの奥の岩屋に眠る、傷ついた赤い鎧の、竜の血統らしき戦士を発見したのである。 戦士の名は炎のつるぎのヴィマータといった。その土地のことに詳しく、魔物と長い間戦って、この周辺を守っていた。冒険者たちはその地に定住して、ヴィマータを仲間に加え、後にはリーダーとした。魔物は時々村を襲ってきたので、住民は技術を駆使して砦に匹敵する塔を建てた。その塔は天文台を兼ねていて、魔物の襲来をある程度予測することができたのである。 ある年にトータル・エクリプスが起きて、党の住人も被害を受けたが、それが過ぎると平和が続いた。ヴィマータは最初に彼を手当てした娘と結婚し、ますます住民の信頼を得た。そのころ人々は上陸した土地周辺を開拓して、港らしきものも作った。そしてその港からもたらされたのは、西世界に強大な魔王が出現したという知らせだったのである。 ジャングルには魔王もさすがに来ないのではないかと楽観視する者もいたが、魔王を誰よりも警戒したのはヴィマータだった。果たして、彼は魔王と3度にわたる激戦を制した。一緒に戦った多くは、術使いの住民の中でも特に術力の強い者たちだったので、さすがに戦い疲れたヴィマータに治療の術を施して塔に戻った。 住民が英雄たちを出迎えに出たそのときである。かれらの頭上に赤い光が走り、次の瞬間には味方と敵の区別が逆になって、仲間同士の殺し合いを始めた。恐ろしいことに、ヴィマータまでもその幻覚にとりつかれていた。彼は炎の吹き出す剣を振るって、一撃で何人もの仲間を打ち倒し、一人倒すごとに、逞しい足には竜の鱗があらわれ、ワニのようにごつく、赤い尾まで生えた。今やモンスター化した英雄の姿を目の当たりにして、祝賀ムードだった塔はたちまち悲鳴に包まれる。 塔を上り、その頂部分を破壊したヴィマータは、その近くの一室に潜んでいる敵の気配を感じた。そして見つけると難なく成敗した。 そこで彼は老術使いの手によりやっと正気に戻ったが、周囲を見て慌てて自分の家に駆け戻ると、無惨な妻の死体が転がっていた。 「魔王の仕業だな! 退却したと見せて弱い者を手にかけるとは!!」
と、ヴィマータは叫んだが、術使いは静かに告げねばならなかった。
「おのれの手を見てみよ。妻を手にかけたのはその炎の剣だ。魔王の幻術インサニティに冒されてやってしまったことなのだ」
ヴィマータは自害しようとしたが、生まれたばかりの卵は無事だったし、正気に戻ったのだからと踏み止まるよう説得された。それでも彼は自分が陥る狂気を恐れて、自らを塔の地下に封じるよう命じた。長期にわたって術により結界が張られ、魔王の手もその場所にまでは届かず、やがて魔王の時代も終った。けれども、次に現れた聖王がかつての味方だった竜のドーラを退治したとき、ヴィマータの絶望はピークに達した。もはや、彼が凶悪なレッドドラゴンに変わる運命を止められるものはいなかった。》
この話には魔王と聖王が出てきました。もう1冊の本は破壊者の手下と戦った洞窟王の物語です。できるだけ早くその部分を訳してお目にかけたいと思います。
――アンゼリカ
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