解読9――洞窟王の物語


   親愛なるルーシエン;
シアンの一人称的な語りは終わり、淡白な物語が戻ってきました。文体や語彙から察して、同じ人物のようでもありますが、それなら同じ人物が途方もなく長生きをしていることになります。

 《マハスの弟シアンがリュートを手に向かったのは、海に面した豊かな都市であった。驚いたことに、この土地にはどうやらずいぶん昔から文明が発達し、破壊者の手も及ばなかったと思われた。
 シアンが通過してきた小さな集落からこの都市へ向かう途中に、洞窟王の砦跡が残っている。地元の古老に聞いたところでは、破壊者の配下にあらゆる魔法を極めた術使いがいて、この土地を奪うために砦を襲ったが、星の民の末裔である洞窟王は、さほど苦労せずこれを撃退、術使いは誇りを傷つけられてますますこの地に執着し、魔法以上の力を得ようとした。それは、一言で言うならば、永遠の命である。

 洞窟王は、その名のとおりに広大な領土を洞窟の中に所有していた。洞窟の内部に都市を築き、田園を作り、家畜を飼うことができたのは、星の民の末裔である住人の不思議な力のおかげでもある。術使いは、住人の数が減れば、洞窟の中はただの洞窟に戻るだろうと考えた。そして手ごわい王や精鋭の兵士ではなく、もっと弱い者を一気に倒して、相手の士気を削ごうと試みる。
 そのやり口は、およそ人間の考えつくものではなかった。……

 洞窟王は最後の力を振り絞り、術使いと対決することにした。このときの彼の精鋭は一頭の銀狼だけであった。何もない荒野で死闘は数日に及んだが、ついに術使いを倒したとき、洞窟王も致命傷を受けていた。
 洞窟王はそれでも使命を全うしたと信じていたが、銀狼は手をくわえて起こそうとする。なぜなのかと力なく問えば、狼は悲しげに遠吠えした。目がかすんでいく洞窟王は、背後の森から見知らぬ男が出てくるのを見た。見知らぬ男――だが、洞窟王にはすぐ理解できた。そばの銀狼が最初に気がついたように、それは、自分の痛めつけられ駄目になった体を抜けて、全くの他人に思念をうつした術使いだったのだ。

 術使いは弱った相手にとどめをさすべく近づいてきた。
洞窟王は傍の銀狼をじっと見詰めた。
 銀狼はこのとき、微笑して頷いたと伝えられる。

 銀狼の無傷の体を受け継いだ洞窟王は、その場を離れた術使いを追った。けれども術使いは次々と別の体に乗り移り、犬科の嗅覚による追跡を振り切ろうとする。
 洞窟王と一体化した銀狼は、破壊者の手下を討ち果たすことを誓い、何度も何度も寿命を迎えては子犬から成長し直し、今も尚追い続けているという。》

 洞窟王の砦跡とはファルスのゲート周辺のことを指すとして、洞窟王の親友とも呼べる銀狼は、今まで解読した限りですが、「フアン」という名前です。偶然の一致でしょうか?
――アンゼリカ 
 




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