解読13――ピドナ


   親愛なるルーシエン;

兄フェリックスから手紙が届きました。その中にはあるスケッチが同封されていましたが、それが誰なのか、手紙を読んで私は驚いて声も出ませんでした。
 描かれていたのは利口そうなアケ付近の少年に見えます。そしてフェリックスが言うには、それがあのタムタムの本来の姿らしいのです。
 ルーシエン、この世界では何かが急激に変化しているようです。

  《シアンはのちに南へ旅をし、海沿いの町に到着した。そこは回復効果のある石が採掘できたので、早くから港町として発展した。その石の名と同じピドナという町である。
 シアンはそこでしばらく平和な日々を送ったが、年月が過ぎて兄が亡くなり次の世代になったこと、さらにまた次の世代がツヴァイクと名乗るあの国を支配していることなどを耳にした。シアンはそれでも老人にもならず、死にもしなかった。けれども招かれて歌うだけの者として暮らしていたためか、シアンが不老不死であることに気づいた住民はいない。

 やがて魔王の時代がきて、ピドナにも崇拝者が現れた。魔王が東へと勢力を伸ばしていっても、崇拝者たちは魔王が戻ると信じ、ピドナに宮殿を建設した。崇拝者たちの多くはピドナの貴族階級であり、王宮においても殺戮と酷い処刑がたびたび行われたという。この恐ろしい時代は、のちに聖王と呼ばれる英雄がやってくるまで続いた。
・・・・・・
 シアンはアルバートというメッサーナの若い王にたびたび招かれ、歌声を披露するだけでなく、親しく話すことまでも許されるようになった。王は、メッサーナ名門パウルス家の縁続きであり、若く進取の気性に富んでいたが、そのとりまきは旧世代の人々であった。
 あるときアルバート王はシアンにひとりの友人を紹介した。控えめな様子の天文学者で、なんとなく、シアンは親しみを覚えた。王は、天体の動きを研究させ、その結果に基づいて都市を建設していたのであった。けれども、ある年に天文学者は死食が起きると断言した。

 死食は魔王再臨の兆しである、と王の周囲は考えたらしい。すぐさま天文学者にその発言を撤回させようとした。王の周辺にはほかに天文学がわかる者がいたわけではなく、かれらは単なる占い師のいうことを優先した。
 アルバート王は、天文学者に、とりあえず発言をおさえたほうが、もめごとにならないと説得したが、確信を持っていた天文学者は、頑として自説を曲げなかった。

 シアンの歌を好む、若い商人にクレメンスという者がいて、その才能と人望から王宮でも信頼されていた。その彼が、いずれこのことは悲劇を生むとシアンに告げた。天文学者は、死食を予測しているのだから王として備えろと言い、王は、みんなが不安になるからあまり確定的なことは言いふらすなと言った。
 だが天文学者は広場で死食の日にちまで口にしたので、市民はパニックに陥った。

 クレメンスが市民を落ち着かせようとしたが無駄だった。背後に王のとりまきがいて、天文学者を排除するためにパニックをあおっていたのである。クレメンスは天文学者の一家を逃す計画を立て、聖王家のつてを頼って、ランスにいけるように手配した。同時に、見世物小屋の移動に便乗する感じで、シアンも同行することにした。
 ところが、王はとうとうとりまきに押し切られて、天文学者をとらえたのである。

 裁判は全く不公正なもので、天文学者は弁明も許されずに火刑と決定した。
 クレメンスの助言もシャットアウトされ、火刑はいそいそと執行されてしまった。
 ただ、憔悴しきった王は、クレメンスにある宝石を手渡した。それは赤いルビーに似た天然石で、邪悪なパワーから所有者を守るという守護の石だった。これをクレメンスから受け取ったシアンは、殺された天文学者にぬりつけたり、握らせたりとさまざまなことを試したが、結局、死んだものは生き返らなかった。誰にもその石の使い方がわからなかった。
 シアンは王の傍を離れるため、天文学者の残された家族を守ってランスへと行き、クレメンスは王を心配してピドナに残った。
 天文学者の予見した死食は、のちに現実になった。災厄が去ったころ、クレメンスが天文学者の名誉を回復すべく運動し、市民はこれでようやく冷静になった。
 守護の石は指輪の形態をしていた。天文学者の妻はこれを嫌って処分しようとしたが、売っても捨てても、なぜかその指輪は手元に戻って来たという。 》

 解読は、シアンがピドナで経験した話にさしかかりました。シアンは魔王や聖王については語りたくないようです。この天文学者の事件以後、シアンは書くこともやめてしまいました。人々の愚行と迷信深さによって親友を死なせた悲しみと、深い失望がシアンをそうさせたようです。 ……  本にはシアンではない人物による続きがあります。この解読結果から、もし気になることが出てきたら、すぐにお知らせ下さいね。  

――アンゼリカ 
 




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