解読3――神々が去るとき

《破壊神の襲撃は予め星の民によって知られていた。これを神官と巫女が伝え、人間の王は自分たちの集落手前の砦を守り、神々は騎士と竜と巨人族を効率的に配置し、互いに協力し戦いぬいて勝利した。
 このとき砦を守った英雄が後に王となるビコールである。彼の伝説は余りにも有名であるが、もっとも詳細な記録は次のものだ。

『…ビコールは星の民の騎士と人間の遊牧民との間に生まれた砦の警護の兵士だった。だが非常に独特なセンスを持っていて、砦を襲撃してきたモンスターを砦におびき寄せ、そこに一気に火をつけることで殲滅せしめたのである。
 砦は人々の住居でもあったので、そこが猛火に包まれると人々は不安に陥ったが、ビコールは自ら切り取った魔物の首を掲げ、敵軍を敗走させたと宣言した。その姿は、キメラの返り血と背後の炎で赤く赤く輝き、星の民になしえなかった力による戦いを、若々しい勇気で制したことを示していた。人々は彼こそを王にと、このとき心から望んだのであった』

 ところがこの文書は、時代も下ってビコール4世の時代に王の命で新たに編纂されたもので、もっと古い記録では、ビコールが撃退した敵は破壊神の手下の一部に過ぎず、多数の犠牲者が出た挙句の辛勝だったとも言われる。そもそも大半の敵は、竜族、巨人族、さらに温海の果てから飛来した巨大な鳥アルバトロスの助けがあって撃破したのであり、神々の力をもってしても破壊神ネメシスを倒すことはできないので、やっと次元のはざまに追いやったのだと、人々の多くは口承で伝えていた。
 しかし、王の命で編纂された文献は、時代が下るごとに英雄王が神のごとく活躍したように記述されていき、このビコール4世時代には星の民は英雄王よりも一段階下に置かれている。
 勿論それは王族の、父祖を尊ぶためだけの"物語"となればそれで良かったのだ。そしてそれゆえにこそ、決して曲げてはならない事実の記載は残りつづけた。それは以下である。

 『そのとき神々は次元のはざまを神聖な建物で封じ、霊力を注いだ特殊な錫によって鍵をかけた』

 王のための文献にある無敵の勇者ビコールの話は、すでに御伽噺の域にあることを、歴代の王は子供のころから承知していた。にもかかわらず、そのときの戦いの名残である錫らしきものは、古くからある神殿の台座に刺さったままになっている。つまりこれもまた、架空の伝説を彩る装飾に過ぎないのではないか――?  
 このような疑いが、神々を、そして破壊神の脅威を軽視しはじめていたある野心家の王の意識に生じた。そして、そのことを錫を抜いて確かめるという余りにも危険な試みを、このビコール5世は酒宴の席でやってしまったのである。

   その結果はどうなったか。どれほど悲惨なことが待ちうけていたか。
一言で言うならば、星の民による理想的な秩序ある世紀、愛すべき多種族との繁栄、何もかも終わったのだ。
 この時代、あの一瞬を生き残った者は絶望のあまり膝をつき、枯れ果てた穀物の畑を前にし、毒かびの生えた土を握りしめながら、このように誰かに問い掛けずにはいなかったであろう――。

   
雄々しく誇り高い竜王はどこへ消えた?
 闇を駆逐した太陽の乙女はどこへ?
 大地を愛し、陽気に踊り、
 人々を助けたあの心優しき巨人は?

   麗しい世界が不毛の地と化したとき
 神々は彼らに死をもたらす悲しみに暮れ
 嘆きの歌をうたうアルバトロスとともに
 この地を飛び立っていった

   神々が全ての力を注ぎこんだ唯一の剣
 無惨に砕け散ったあの望みを
 一体誰が繋ぎ合わせられよう?

 聞け、壮麗な城郭が玩具のごとく砂に飲まれ、
 きらめく星も永遠の黒い霧に覆い尽くされるその音を!

 我等は ネメシスとの戦いに
 ついにはじめて敗れたのだ 》


***
 親愛なるルーシエン

 ヤング先生とも話し合ったのですが、この文書の筆者は王国の崩壊の原因を、その当時の王の愚行にあると結論づけています。しかし彼らももとは星の民だったはず。好戦的で野心家な王が生まれたにしても、どうして神々は彼を止めることができなかったのでしょうか?
 私の仮説をお話する前に、やはりまだ先を読んでいただこうと思います。そこには死食の起源らしきことが描かれているのです。
 この記述のあとは文字も文体もかなり違っています。きっとてこずると思いますが、また解読したら是非御覧になってください。

――アンゼリカ  
 




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