アンゼリカよりルーシエンへ―感謝の手紙―
親愛なるルーシエン
私の大切なワイバーンのケガを治してくださってありがとうございました。
このワイバーンは犬のように私になついていて、誰にも危害を加えたことはありません。 やってきたときよりは多少は大きくなりましたが、私はこのワイバーン(名前はタムタムです。おやつが少ないと、ぶつぶつ言いながら壁に頭を打ちつける癖があります。それがタム、つまり古ロアーヌ語のノックに似ていて、兄がそう呼んだのがそのまま呼び名になりました)はまだ子供ではないかと思っています。そしてルーシエンの指摘通り、ワイバーンにはないはずの角が生えているように見えます。ロアーヌの学者たちは、突然変異だろうと申しますが、私はやはり気になります。でも私が思っていることを言ったら、ヤング先生がまた寝こんでしまわれるから、しばらく待つことにしました。
そう、タムタムがもしも子供なら、いずれオトナになるときが来るはずです。本来の姿がいかなるものであろうとも、そうなったタムタムを見られたらきっと素晴らしいと私は思っています。
ヤング先生について追記します。ヤング先生は、ロアーヌの歴史学会を相手にお一人で大暴れなさいました。解読中の書物の最後部分だけ紙質が違うという指摘があり、検査したところ、なんとメッサーナのアルバート王時代のものという結果が出たのです。そこで歴史学会は、この書物が語る内容に事実は含まれていない、という結論に達しました。ヤング先生はその結論に真っ向から反対なさり、といって、アルバート王時代の紙になぜ魔王時代以前の出来事が書かれたかは証明する手段を持たず、とにかく学会の閉鎖的排他的姿勢を批判して戻って来られました。
学会の重鎮で、尚且つ、理路整然と証明できないものは信じなかったヤング先生が、こうもロマンティックになったのは、ひょっとして私のせいなのかしら、ルーシエン? 私は、頭に血が昇って寝こんでしまった先生を見舞い、どんなことがあっても最後まで解読を続けることを約束してきました。先生は高齢で寒がりでもいらっしゃって、見舞ったベッドの中でウールのナイトキャップを被り、奥様の作ったホットミルクのカップで両手を温めておいででした。書庫は日が落ちる頃にはもうしんしんと冷えますから、先生が戻られれば暖炉に多めに火を入れねばならないでしょうね。
この手紙は船便で届くと思います。あのかすり傷以来甘えん坊になったタムタムと、まだ熱があるのに解読の手伝いをしたがる先生には、もう少しだけのんびりしてもらいます。
――アンゼリカ