解読4――生き残った人々


 《ネメシスの破壊は王国ひとつの犠牲ではすまなかった。大陸の周辺すべてと温海の果てまでを闇で覆い尽くし、その後数年というもの、日の光はおぼろげに影を映し出すに留まり、月が明るく照る晩は一度もなかった。
 太陽を奪われた地表には雪と氷と砂があるだけ、緑濃き森もことごとく枯れた。家畜が死に絶え、食料が不足して多くが死んだ。そこにあるのは、絶望と、隣人への不信と、過去へのどうしようもない感傷のみであった。
 王国の栄華を忘れられず、南下したところにある小さな宮殿の跡に住み付いた一族もあった。彼らは水晶を採掘することが出来たので、この透明な石を使って建物を再建し砦にした。細々と涌き出る泉は水源として十分とは言えなかったはずだが、貴族の多くと神官らはこの地に残ることを選んだ。
 一方で王国を追われた人々のうち、まだ遠くまで行く力のある者だけは西へと逃れていった。それは、太陽が沈む方角にはまだ破壊されつくしていない土地があると、漠然と信じられていたからである。
 神官のうちでも西へ行くことを選んだ者はいた。その1人はビコール王に幾度も錫を抜くことを諦めさせようと進言していた神官の息子ロウで、父が王宮を離れずに王国と運命をともにする姿を見守っていた。そして、王を恨む暴力的な人々に囲まれていた王女を見つけて助け出したのも彼であった。衝突が起き、剣を抜く者もあったが、ロウが、今は危険を乗り越えるために団結すべきで、ひとりの過ちへの憎しみを生き残った一族にぶつけている場合ではないと言い、一同は冷静に戻った。そこでビコールの一族は彼らの西行きに同行した。一族は相当数いたのだが、贅沢に慣れた王侯だけに過酷な旅に耐えられず次々と脱落し、一時は野営の度に人数が減るほどであった。
 生き残った者はさらに数度の地震と砂嵐と吹雪に襲われた。しかし峰を越え、ついに雲が晴れたとき、その向こうにはなだらかな緑の丘陵と日差しにきらめく海が見えたという。北にある大きな湖は、人々がかつて暮らした王国の美しい風景を思い起こさせ、土着民は温和そのものの半神たちであった。ロウたちは共にその地に住まうことを決意した。そして、ネメシスの呪いはもはや過去のものになったかと思われていた。

 あるとき、異変は静かに到来した。季節の変わり目で明日の潮を気にしていた一人の漁師が空を見上げたとき、空が晴れているのに、そして満月だったはずなのに、その光がみるみる欠けていったのである。翌日になるまでついに月は真っ暗なままで、朝になれば今度は太陽が欠けた。
 底知れぬ冷気がそこらじゅうを覆った。目に見えない巨大で邪悪な翼が、一息に地表にかぶさったようだった。これを指して半神であるヌシャート族が使った言葉は、「トータル・エクリプス」というものであった。季節がゆがみ、その年に生まれた生命はことごとく息絶えた。》

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親愛なるルーシエン

 ここに書かれているのは死食の起源と思われます。そしてロウたちが辿りついた場所は昔のロアーヌだったと推測します。これでこの文書が古ロアーヌの言葉の変形で書かれているわけもわかりましたが、謎がすっかり解けたわけではありません。この文書の筆者はいつの時代の人間なのか。そして何よりも、どうしてここまで慎重に、天体の暗号や変形文法を使う必要があったのか。
 この解読をしている最中に兄が慌しく帰国し、書庫くらい覗けばいいものを、またさっさと遠征に出てしまいました。そうしてロアーヌ王陛下からことの次第を聞かされ、私は驚きました。ネメシスの書は、ジャングルの古代の塔にも残っていたのです。

――アンゼリカ 
 




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