解読5――船出


  親愛なるルーシエン;

 ロアーヌにジャングルからも古い本が持ちこまれて数日、その新しい本(へんな表現ですね)の出現は、ロアーヌの若手歴史学者の好奇心を刺激したらしく、解読を手伝いたいと申し出る者が何人もこの書庫を訪れました。
 そしてヤング先生は療養を素早く終えて職場復帰なさいました。ヤング先生の奥様がにこにこして耳打ちしてくださったことには、ヤング先生は半分以上が仮病で、いかに憤激したかを一世一代の演技で示し、理不尽な妨害を取り除きたかったのだそうです。この芝居は上手く行き(私まで騙されたのですからね!)、ロアーヌの歴史学会はヤング先生と本を誹謗することをもはや許さず、今後は先生と私アンゼリカ・ノールの指示の下で、別室でも若手研究者たちによる解読作業が行われることになりました。
 ヤング先生の意見はこの数日で変化したわけでもないのに、先生がお倒れになった途端に認めたロアーヌ歴史学会。私は彼等のことをこの手紙の中でだけは『シンパシー学派』と呼ぶことに致します。

解読の結果、続き。

《ロウとその仲間はロアーヌで最初の「トータル・エクリプス」を経験した。小さな妹を亡くしたある少年は、両親がいくら止めても、妹を殺した奴の顔を見てやると振りきって家を飛び出した。夜のことで行方はすぐわからなくなったが、ロウはこれを知ると少年探しに出かけ、村のはずれのキャベツ畑で彼を見つけた。そして2人の目の前には、煤で黒ずんだような月と畑とその向こうの平原を覆い尽くした翼のような闇が、まさに翼のような音を立ててゆっくりと羽ばたいたいるのだった。ロウは危険を感じた。少年を乱暴に脇に抱え、大急ぎで森の奥へと駆け込んだ。そこには岩穴があって、狩のときよく雨宿りをするのである。そしてロウの予感は的中した。赤紫色の光が畑の方で炸裂し、森の木々をなぎ倒し、轟音を立てて岩穴を揺るがした。ロウが少年と一緒に出てみると、畑は焼き尽くされ川には死んだ魚が溢れ、村では運悪く屋外に居た者が倒れ死亡していた。これがロアーヌが経験したこの年のトータル・エクリプスであった。

 その後ロウはビコールの王女と結婚し、息子が2人生まれた。長男マハスは勇猛で、祖父に似たのか野心家であった。次男のシアンは陽気で欲がなく、戦闘には向かなかった。
 マハスが18になったとき、近くの漁村に漂着した者がいた。海の対岸にある集落に暮らしていたが、モンスターに追われ、海に逃れてきたのだと言う。ロウは一行を助け、村で暮らせるようにした。その中には病人や娘たちもいたが、一人ひときわ美しく気品ある娘がいて、マハスは彼女が何者なのかを知りたがった。
 彼女の名はイザベル。その集落の王の娘であり、恐ろしいモンスターに父を殺され行く場もなくて心細がっていた。シアンは彼女がここでの暮らしに不自由はなくありがたいと思いながらも故郷を懐かしんでいると知っていた。そうと知っても、シアンは得意の笛を聞かせることしかできなかったが彼女はそれで十分に慰められていると礼を述べた。一方マハスは、自ら船を造り彼女の故郷を救うためモンスター退治をしようと思い立った。父であるロウに許しを乞うと、ロウは、シアンを同行させることを条件に同意した。シアンの無欲さと優しさは、マハスの熱意と勇気が野心に囚われることを防ぐと考えたのである。シアンと仲良くなっていたイザベルの従者は、自分が病気で行けないからと彼に古い護符を贈った。シアンの細い首にかかった護符は海の守り神をかたどっているらしかった。マハスはその護符を見ても何も言わなかった。力も知恵もあるマハスには、古びたお守りなど必要ないのだった。
 そうしてマハスは、まだ見ぬ大陸でモンスターと戦える若者を募り、イザベルとシアンを連れ、風が穏やかなある秋の日にミュルスの崖を離れた。》

 ……シンパシ―学派のお蔭でこの後の解読も多少は進んでいます。近く続きをお送りすることを約束します。
 タムタムはこのごろ落ちつきません。東の方ばかり向いて、ぶつぶつ言いながら頭をドアにぶつけています。角はちょっとずつ伸びているように見えますが、父は、牛の角でもそう早くは伸びないと言っています。……父は貴族の慣習より牛についてのほうが自信があるそうです。   

――アンゼリカ 
 




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