解読6――月と海神


   親愛なるルーシエン;

 お元気ですか。このところ温暖なロアーヌでも曇りや雨の日が続いています。時々は雪が降ることもあるのです。タムタムは寒がりなので、冷えた夜には私のいる書庫の暖炉に当たらせています。で、その雪の夜もヤング先生が現れることを私は失念しておりました。翼を広げて唸り声を上げながらうたた寝するワイバーンに遭遇したヤング先生は、その後数日に渡って、私のせいでまた寿命が縮んだと愚痴っておいででした。
 このように、天気は憂鬱でも書庫は愉快な日々です。

《船出したマハスたちは順風に助けられて半日でトリオールの大洋に出ることが出来た。しかし、その日移行、まるで風が止ってしまったのである。はじめは自然のことなので風を待っていた一行だが、3日経過するとさすがに不安になってきた。
風がなければ食料も水もあと2日と持たない。死の凪ぎはその夜も続き、シアンは眠れずに舳先を歩き回っていた。
 穏やかな静かな夜で、軽い波音が聞こえるだけ。空には上弦の月がかかり、雲一つなかった。シアンは、兄がイライラしているのを知っていて、自分に何かできないかと悩んでいた。そして月光を浴びて胸元の護符が輝くのを見たとき、これが海神をかたどったものだと思い出した。
 彼は自分の笛を取り出し、海神に捧げるつもりで即興の曲を奏でた。そんなことをしても無駄だという気持ちと、こんな曲でもイザベルを慰めることができればという希望とが心の内でせめぎあった。
 しかし笛を吹き出してしばらくすると、遠くの海面に白い巨大な背が見えてきた。シアンは笛をやめ、その白い背が近づいてくるのを呆然と見詰めた。
 白い背を見せていたのは巨大な一角クジラであり、護符の神と同じ姿をしていた。シアンを見てその生き物は、語りかけた。
「私を呼んだのはそなたか。人間の分際で、海神に何を命じようと言うのか」
シアンは驚いて答えた。
「命じることなどできません、呼びつけたつもりもありません。ただ、このままでは洋上で難破を待つばかり、せめて対岸に着くまで風をと漠然と願っておりました」
「そのような願い、聞き届けるにはそなたの命と引きかえぞ。それでも願うか?」
 そう、巨大な白いクジラは月光に光る波間でシアンに言った。
「命くらい、何度でも差し上げます。あの方のためなら!」
 シアンは思わずそう叫んだ。途端に雷鳴がとどろき、月が黒雲に隠され、大きい波が起こって船が傾いだ。シアンは自分が飛び込むことが助かる条件だと察し、笛を掴んだまま海に身を投げた。

 シアンは真っ暗な海中に投げ出されたが、そこでまた海神の声を聞いた。
「そなたの覚悟、しかと見届けたぞ。命を捨てることはない、これは笛の礼と思え……」
 シアンは気がつくと海面に顔を出し、船では仲間がロープを投げて寄越そうとしていた。兄たちはシアンが不注意で海に落ちたのだと信じていた。シアンが船に引き上げられたとき、白いクジラの背は再び月光を受けて遠ざかっていくところだった。これを見て船上は一時騒然となったが、やがて出てきた風をつかまえ、船は対岸を目指した。
 その海神は最後にシアンにのみ聞こえる声でこう告げたという。
「無欲にしてかの国を守る者には恩寵を授けよう。わが使いである黒の戦士が守護者となるであろう」》

……このあたりの描写は今までより具体的で、シアンの主観で書かれているように思います。シアンが筆者である可能性もありますが、でもまだこれは中盤の話なのです。  引き続き解読を進めます。もし気になることが出てきたら、すぐにお知らせ下さいね。  

――アンゼリカ 
 




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