ピロウ・アンダー

「お父さんはお母さんをもう好きじゃないの? 嫌いなの?」
 不安げなネスの問いにボルカノはちょっと言葉を詰まらせ、それから苦い笑みを浮かべて見せた。
「そんなことないよ。お母さんは素敵な人だし、嫌いなんかじゃないよ」
「じゃあどうしてずっと喧嘩したままなの? 前みたいにみんなで一緒に暮らせないの?」
 ネスは必死の面持ちで尋ねていたが、双子の妹、コッティは膝を抱えたまま黙っていた。父親の寂しそうな背中を一番見てきたのは彼女だっただけに、ネスと一緒に問い詰めることはためらわれたのだ。  
 ボルカノは困ったようにネスの顔を見つめていたが、華奢な肩に両手を置き、ネスと視線を合わせた。
「ネス、好きだから一緒にいなくちゃいけないってことはないんだよ。好きだから離れていることもあるんだ。ぼくとお母さんは離れて暮らしている方が、お互いに好きでいられるんだ……と思う」
 最後の方は自信なさげな口調になった父親の顔を、ネスは不安そうに見つめ返した。やがて、視線を落としてつぶやく。
「……お母さんもそんなようなこと言ってた。お父さんを嫌いになりたくないから、一緒にいない方がいいんだって……」
「……そう……か」
 ボルカノも嘆息し、泣き出しそうな息子の頭を撫でた。
「君たちに悲しい思いをさせてしまって申し訳ないと思っている。だけど、分かってほしい。別々に暮らしているけど、お母さんは今もぼくにとって大事な人だってこと。そうして君とコッティへの愛は変わらないってこと」
 ネスはしばらく黙っていたが、小さくうなずいた。コッティは立ち上がり彼の手首を掴む。
「だから言ったでしょ。大人には大人の事情があるんだってば」
 腕を取られたままネスは、コッティの顔を見つめてもう一度うなずいた。
「うん。分かったよ……」
 そう言うとボルカノの方に顔を向けなおした。
「困らせてごめんなさい。また来てもいい?」
 ボルカノはやさしく息子を抱きしめた。
「いつでもおいで。君はぼくの大事な息子なんだから」
 抱きしめた息子の体から懐かしい妻の香りが立ち上ってくる気がして、ボルカノの胸は、一瞬締め付けられるように痛んだ。
「じゃあ行こう。送ってってあげる」
 コッティはネスと手をつなぎ、父親にもう片方の手を振った。
「暗くなるまでには戻るね」
 ボルカノは泣き笑いのような顔で言った。
「気をつけて。お母さんによろしく」
 部屋を出た二人は手をつないで廊下を歩いた。歩きながらネスがつぶやく。
「色々ややこしいのは分かってたんだ。枕の下にお父さんの写真を入れてるの僕は知ってるのに、お母さんはお父さんを好きじゃないって言うし」
 コッティは立ち止まった。手をつないでいたネスもつられて足を止める。
「そう……なの? なんでそれをもっと早く言わないのよ」
 そう言うときょとんと見つめ返したネスに苛立たしげに確認する。
「お母さんはお父さんの写真を枕の下に入れてるのね? 座布団の下とかじゃないわよね?」
「え? うん。枕の下だよ」
「もうばかっ。お父さんにそれ言ってあげなよ」
 コッティは乱暴にネスの手を引っ張った。二人の子供は踵を返してボルカノの部屋へと駆け戻っていった。


しなちさんにかなり無理を言って送っていただきました。ありがとうございました。
キャラの使用許可を貰うときに、ネーミングはお任せといわれたので、ネス(ネス湖)とコッティ(南米コトパクシ活火山)と決定。