風の王の兜  

トゥルカス・クラウディウスはジョカルの代理でファルスの本陣に赴くことになったが、これはその直前の話である。 

いつもののんきな様子で、そしていつものだらしない服装で、トゥルカスはその大柄の体を、レオナルド工房の戸口へと見せた。
「よう、トゥルカス。今日は早起きじゃないか」
と、縮れ毛のクリスがにやりとして言った。
 壁の時計はもう昼近くをさしているのだ。トゥルカスはその皮肉にも反応せず、眠そうにもじゃもじゃと頭を掻きながら、クリスについて工房の階段を地下へと下った。ふいごの動きに合わせてリズミカルに炉の炎が大きくなる。
 ここでようやくトゥルカスは用件を言った。
「ツヴァイハンダーひとふり、兜を一頭、欲しいんだ」
「自分で打つかい?」慣れた様子でパイクが材料を吟味し尋ねた。
「いや」と、トゥルカスはまじめな顔で首を振る。「失敗してる暇はない−−ような気がする。盾もいる」
「了解!」
 元気に言い切ったのは末っ子のサレット。軽々と階段を駆け上って、母さん、トゥルカスが来たよーと声をかける。すると奥で返事があって、サレットは戸口で皿一杯のタルトを受け取った。
 どうせ寝起きのまま、何も食べずに来たんだろうね、と工房の女主でもある母親も、この大きな戦士の面倒を見るのが楽しそうである。とはいえそのついでのように、実戦用の武器防具の仕上がりを最終点検しにちゃんとスタンバイしている、彼女も本職なのだった。
「で、これを使いたいんだが」
 と、トゥルカスが差し出したのは、グゥエインから貰った竜鱗だった。
 おおー、すごいなコレ、と珍しがった3兄弟だが、そこはプロ。
「武器に使えば破壊力が増すし、防具に使えば精神面の防御力がアップする。盾だと、アップするのは防御する確率だよ」
 クリスはハンマーを持った手を腰に当てて言った。「お前のことだから、やっぱ剣に使うかい?」
 トゥルカスは工房の中をぐるぐると歩き回り、ふっと目を輝かせてから一言、「ヘルムで」と言って、石の階段のひとつにどっかと腰をおろした。
 兄弟は早速仕事にとりかかる。パイクが力いっぱい打っているのはツヴァイハンダー。大ぶりの両手剣だが、トゥルカスはこれを片手で使う。そしてクリスがかかっている盾は、サイズは大きめの古代風な円形のものだ。サレットは兜のどこに竜鱗を使うか考え、机の上に直接計算式を書き、それからとりかかった。
 ポイッ。
 トゥルカスは5、6個はあった大きめタルトを一口で平らげると、「じゃ、午後に取りにくるぜ」と言い置いて工房をあとにした。

 出来上がった武器防具一式は、トゥルカスがフアンと一緒になって農場で昼寝しているときにクラウディウス家に届けられた。
「もう夕方です。一体なぜ、そんなにいつまでも眠れるのですか!?」
 少し低めの鈴を鳴らすような女性の声が、気持ちよく寝転がるトゥルカスの傍で響いた。大きな体をひょいっと起こすと、麻袋を抱えた召使の前に、女王の侍女である(口うるさいんだ、キレイなのにさー)グレシアが立っている。
「ありゃ、あんたか。珍しい」
「あなたこそ、工房の兄弟が来ていたのに会いそびれるなんておかしいわ」
「しょうがない、妙に眠くてさあ」大きく伸びをする。それから嬉しさを隠さない無邪気そのものな顔で、「持ってきてくれたんだな?」と言った。
 グレシアはわざと嘆息してみせた。「陛下のお指図です」
 トゥルカスが武器を頼むのはいつものことだが、もし外出してもその時間には帰っていて、受け取り損ねたことはなかったし、それを女王がわざわざ運ばせることもなかった。それをどうして私が?という面倒そうな態度を多少見せつつも、彼女にはこれらは信頼できる者にしか取り扱わせるべきでない、という女王の意図は十分に伝わっていた。
「これは特別なあつらえ品なのね?」グレシアは召使に品物を取り出させ、トゥルカスに渡しながらも、好奇心からまじまじとそれを眺めた。
「特にこのヘルムはね。オレはまもなくこれが必要になるって、そんな風にぼんやりと、夢の中で思ってたんだ」
 グレシアはその一言に何か気付いたようだった。
「ええ……。陛下は仰せでした、そのヘルムの呼び名は『風の王の兜』としましょうと」
 トゥルカスは草の上にひざまづいてそのヘルムをかぶり、まるで儀式のように剣と盾を草に置いてから、両手に持った。そして急に大人びた引き締まった顔つきでグレシアを振り返った。
「そう呼びますと、陛下にお伝えしてください」

 それは、一見したところ、華やかさもなければごつくもない、ありふれたヘルムだった。けれどもグレシアの共をして戻る召使が何とはなしに振り向いて見ると、剣を構えその兜をかぶったトゥルカスの落とす影は、その背後に巨大な竜のシルエットを従え、−−しかもその影は、驚いて見つめている召使に向かってぐわっと口を開け翼を広げて見せた。

『風の王の兜』−−友となった竜王がくれた竜鱗をやどすそのヘルムは、トゥルカスの予見通り、後の戦いで彼を救うことになるのである。

side stories