青の術士 〜玄武術はこう使う〜
―ファルス・ゲート前本陣―
ツヴァイクの天幕に入ったネスは、袖をめくりあげ、血に染まったコーデルの胸あたりに手をかざした。
「ちょっと、場所を空けてください――」
ジョカルとアリエンが椅子を脇に退けた。ネスは手をかざしながら自分の手を上に重ねていき、そこから青い光を滴らせた。
生命の水だ、と一同は思った。だが次の瞬間、ネスは気合とともに光を数倍に強くした。コーデルが寝ている場所周辺までもが光に包まれ、その円形の空間に水音が響き、それは段々大きくなっていく。ネスはさらに何か唱え始め、詠唱に応じてその空間には、青く澄んだ滝の幻影が出現した。
カシッ、と、骨がきしむ音がした。アリエンが驚いて術者を見ると、彼は手をすっと下ろし、アリエンの驚きを察したようににっこりと微笑みかけた。光も水音も消え、そしてコーデルは呼吸が穏やかになっている。
「肺に刺さった肋骨は戻しました。血も止めました。これで、多少は楽になっているでしょう」 ジョカルとフェリックスは、感謝と敬意のしるしに無言でネスに握手を求めた。ネスはにこやかに応じ、それでも患者の様子に気を配っている。
「安静に。あとは本人の体力です。交替でどなたかついて貰えませんか」
「わたしがずっとついてる」アリエンが言い張った。
オリバーが説得してもアリエンはそれから数時間に渡ってコーデルの傍を離れなかった。そうして、コーデルはもう命に別状なしとネスから聞かされたとき、とうとうアリエンは休憩することを承知した。
「アリエンに、ちょっと」 ジョカルが天幕から顔を出し、外で馬車を準備するフェリックスに声をかけた。
「ジョカル、悪いがもう彼女は休ませた」フェリックスが言った。「緊急でないなら後でオレが伝えるよ。どうした?」
ジョカルは静かに言った。 「ピドナへ搬送する話の続きだ。療養させるのをクラウディウス家で引きうけて貰えないだろうかと思って」
ネスの治療後、見る見る血の気を取り戻していくコーデルを見てアレクは気が大きくなり、ツヴァイクまで搬送できると考えたのである。ネスは反対した。自分の術はあくまでも応急処置で、コーデルが重傷であることに変わりはなく、暫くは安静にすべきで搬送はピドナまでが限界だ。
「君が同行してくれれば問題はない」
アレクが言うと、ネスは首を横に振った。
「僕はゲート前本陣を離れることはできません。再度モンスターが現れればここにも重傷者は出ます。何より、ツヴァイクまでも馬車で移動させれば傷が開きます。術で処置しながらでも相当な負担になるんです」
しばらく粘った挙句、アレクは根負けして、ツヴァイク公女を滞在させて然るべき場所がピドナにあるかとジョカルに尋ねたのだった。
ガサッ。天幕が開く音がした。 「話が聞こえたの。喜んで、ピドナ王宮で引きうけるわ」天幕から出てきて、アリエンは言った。「手紙を書いておきました、これでわたしが行かなくても事情は全て分かるはずです」
「助かった。ありがとう、アリエン」 ジョカルは女王宛ての手紙を受け取り、アリエンとがっちり握手した。アリエンはそれでもまだ目を伏せている。
「……ピドナに戻るつもりはないんだね?」 即答はできなかった。しかし。
「義勇軍をまとめる立場なのに、そうそう逃げ帰るわけにはいかないわ」
顔を上げたアリエンは意思の強そうな目でジョカルを見詰め返した。
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