赤い星、輝くとき

月夜の森は不気味に静まり返り、そしておおらかな緑の空気にあふれていた。
馬を軽快に走らせているのは、ボーイッシュな狩人に見えるが実はピドナの姫君アリエンである。灰色の愛馬ティリオンは、大好きな主が今夜は興奮気味であることを察し、自分のほうが慎重に道を選んで走りつづけていた。

アリエンは、旧ファルスの異変の知らせを受け取り、すぐにその場にかけつけようとして母にいさめられた。
いくら情熱と正義感があっても、一人ではアビスの敵には対抗できるものではない。美しく物静かな母が、はじめてアリエンに見せた、少しだけ厳しい態度だった。
アリエンは素直に腰のレイピアを外しひざまづいて、安楽椅子にかけている母の膝にもたれた。
「お母様、私が今すぐできることは何でしょうか?」
「仲間をお待ちなさい。必ず、ここへ集まってくるでしょう」

それは不思議な予感としてアリエンの胸の奥にしまわれた。
予感…宿命…仲間。
アリエンは自室にもどり、天蓋つきベッドに足を投げ出して窓の外を眺めた。そして、ランスの天文学者に会いにいくことを思いついたのである。
20年前のファルス災厄以来、観測のための天文台がその近くの丘に建てられていたので遠くはない。友達のオリバーは出かけて留守だったが構わないと思い、アリエンは一人で愛馬をとばした。

天文台はすぐに見つかった。学者は寝ていたがアリエンが外から強引に名前を叫んで起こしてしまった。
彼は、入ってきたのが一見野性的な風貌の少年だったのが、よく見れば繊細そうな姫君だったので驚いた。
「強引なことをしてごめんなさい。でも、じっとしていられないのです。ゲート探索のための策はなにかありませんか」
「待つことです、8人が集まるまで、突入してはいけない」
「8人?ピドナでも中規模の義勇軍が集まっているから、少なくとも3桁の人数はくるわ」
「その疑問は当然だね。でも、宿命でつながれた命を預けるべき仲間は8人だ。それは星が示していることだ」
「星が?」
「そう、今は昼間で見えないが、この一定の軌道に近づきつつある星が8つある。集結すれば、その星がアビスのエネルギーを抑えこむ力を発揮するはずだ」

彼はそういって自ら書いた星図を見せてくれた。
「すでに5つはこの上空に留まっている。だがひとつは北、ひとつは東、海のほうからも来る。これらの星の下に生まれた者の、名前まではわからないよ?だが、会えばきっとそれと知れる。なぜなら、そのうちの一人は君だろうから」
彼の目が眼鏡の奥で真剣なまなざしになった。それは本だけに溺れない優れた学者の目であり、真実を掴んだ確信のある人の目だった。

アリエンは夜まで留まって、望遠鏡をのぞかせてもらうことにした。 殆ど外と同じ気温の質素な塔の中は、日が落ちるとしんしんと空気が冷えてくる。その学者の妹さんという優しい女性が、アリエンに毛布をかけ、ココアを出してくれた。

なんて暖かく安らかなひととき!年上のきょうだいは国を治め、人々の生活をよりよくするべく頑張っている。だから自分は、このひとときの平穏を護るためならば、どんな戦いにでも進んで赴くのみ。
この決意を知るシャール卿は、まだたった15歳のアリエンの志願を快く許してくれたものだ。期待に応えたい。

「そろそろ、見えるよ」
その声にアリエンは勢い良く立ちあがった。そして慣れないながらも望遠鏡をのぞき、そこに、とても暗示的な星の配列を見た。なかのひとつは小さく赤い…アリエンはその星がまるで自分であるかのような気がした。
そのとき。

ビクン、と下がったアリエンに学者がどうしたのかと尋ねた。

「なんでもありません。…ありがとう、ヨハンネスさん、アンナさん」
「うん、またおいで」

アリエンはピドナの灯りが見える丘まで走ってきて馬を止めた。さすがにティリオンも息が荒い。アリエンは、それでもまだ胸がドキドキし続けているのはただ馬で駆けてきたせいばかりではないと思った。
目を閉じなくてもその気になれば、望遠鏡の窓の向こうにあったものが目の前に浮かんでくる。
四方に散っていた7つの星たちは、輝きを増しつつ赤い星に向かって進み始め、そこでアリエンの赤い星は、仲間に応えるように鋭く、鮮やかに光ったのだ。

 

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