カムシーンを握る手

ファルスとスタンレーは戦争状態だったが、共通の強大な危機に対抗するために永久に休戦することを決定し、ファルス=スタンレー共和国と名称を変え、魔物と果てしない戦いを繰り広げていた。
現在のファルス=スタンレーの総司令官は非常に若い、有能な武人で、名をジョカル・カーソン・グレイといった。
グレイ卿はランスの出身でたどれば聖王の血統である。母方はシノンの開拓民だが、ジョカルの肌は赤銅色だった。彼の父親は、ナジュの王族トルネードだからである。グレイ卿は母の再婚相手だった。

ジョカルは幼くしてファルスに移り住んだとき、特に貴族階級の子供にいじめを受けていた。肌の色が濃すぎること、体が痩せていること、そして何よりもグレイ卿の血筋ではないことを理由に。
結果として、少年ジョカルは荒れた。だが、多人数の敵に必ず袋叩きにあい、誰かに背負われて帰途につくことになる。ジョカルは泥まみれの顔を洗いもせず、実の父に捨てられ母もその父を見限ったのだから、自分はどうしようもない半端者だと、屋敷でもまた荒れた。

そうして喧嘩の度に従者が連れ戻っていたが、母親のエレンはある日自分が出かけていった。そして言った。
「悔しかったら強くなりなさい」
トルネードの息子がいつまでも殴られっぱなしでべそかいてるんじゃないわよ。

ジョカルは腫れた目をあげた。
「オヤジのことを嫌いになってしまったんじゃなかったの?」
だからオヤジの正反対みたいなグレイ卿を選んだんじゃないの?

「違うよ」

穏やかな夕暮れの光のなかで、母親はきっぱりと言った。
そのときの顔は見たことがないほど綺麗で、ジョカルは後年になってもしばしば思い出す。

その後ジョカルはいじめに耐えて淡々と体を鍛えた。もともと素質があったのだろう、彼は数年のうちにがっしりした体格と、王者のそれともいえる威厳とを手に入れ、16のときツヴァイクの武術大会に単独で出場し、全ての試合に勝利した。この頃にはもはやジョカルをライバル視する者さえ消えて、かつてのいじめ友達は彼の忠実な部下となった。
これを見届けたグレイ卿は、迷うことなく彼を後継者に指名、学問の分野でもさらなる研鑚を積ませ、2年後、ファルス=スタンレー統治者の片腕として堂々と世界に紹介したのであった。

そして、夏の終りのある日、ジョカルはピドナ王宮の謁見の間で、シャール卿と対面していた。
「・・グレイ卿からの書簡は拝見した。ピドナでも義勇軍をできるだけ早く集結させる。ロアーヌからの援軍とともに、ほどなく旧ファルスに着けるはずだ」
「ありがとうございます」
「全指揮権は君に委ねる。信頼しているぞ」
「はっ。ご期待に添いますよう全力をつくします」

シャール卿は若い対アビス軍総司令官を眺めて満足そうに肯いた。エレンの引き締まった美しさとともにトルネードの面影もある。だが、ひとつ欠けたものがあった。
文官出身のグレイ卿は、武器の性質については残念ながら余り詳しくない。息子には出来る限り上質の武器防具を与えていたが、それは結局、武器屋で調達しうる範囲の最強剣でしかなかったのである。

「ジョカル、君の父上からの言伝があるのだ」
書簡以外に何事だろうか。ジョカルは次の言葉を待った。
「ハリード・エル・ヌールからの言伝だ」

ジョカルははっとした。

「ハリードが最後に旅に出る前のことだ。エレンの手元に置くとすばしこい息子がきっと勝手に見つけてしまうと笑ってな。もしジョカルが成長して強大な敵に立ち向かう日がきたら渡してくれと、私に託していった。さあ、これを受け取る資格が君にはあるだろう」
手前の箱が開かれ、古い包みが解かれる。それをつかんだ シャールは布を取り去り、ジョカルの前にぐいと突き出した。

「ナジュに伝わる破魔の剣・カムシーンだ」

ジョカルはふるえる手で剣を受け取った。
手入れされた、月光のように儚げな光を放つ大型の曲刀は、長い間強い力で握られてきたためか、握りのところが微妙に凹んでいる。そして、その凹みはジョカルの右手にぴたりとはまった。

 

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