グレートアーチの浜辺を、サヴァは手紙を読みながら裸足で歩いていた。 プラチナブロンドの滑らかな髪と透き通るような白い肌は、この南国ではいささか場違いなほどである。特徴的な瞳は深い青色で、明るいところでは紫色に見えた。
彼女はいつでも海に入れるように軽装で、小さめの袋にスケッチの道具を入れて肩にかけ、腰には愛用の細身の剣を下げている。もっとも、この剣は父親には見せないようにしている。表向き画家を目指すサヴァだが、実は町に賊が現れると退治に加わることがあった。それにまた一人で海にもぐり、飛び跳ねる小魚を剣で仕留め、時には狂暴なサメと戦うことで密かに自分を鍛えていた。 本当はどれだけ上達したか父に話したい。でも話せば危険だと叱られるだけだ。
―自分は昔、海賊だったくせに。
反発はある。だが不器用な男手ひとつで父はサヴァを可愛がり立派に育ててくれた。町の信頼も厚い、かつての英雄でもある。
サヴァは手紙を3度、読み返していた。どうきりだしたものか、考えるうちに家が見えてくる。
「父さん、怒るかなあ…」
サヴァが呟いたとき、さざなみが足元で散った。
ドアを開けて風が吹きとおす廊下を突き当たると、いつものようにデッキチェアに座って、父は古い詩集を眺めていた。そしてテーブルには、これもいつも通り、サヴァの母親の小さな肖像画が飾ってあった。
「父さん」
「帰ったのか。また剣なんかさげやがって、スケッチじゃなかったのか」
「ごめん。でも今日は暴れたりしてないよ」
「その手紙は?」
「・・すわっていい?」
父親は無言で籐椅子を押しやった。 「ロアーヌでね、冒険者を募ってるの。正確には、勇者かな」
「・・・」
「旧ファルスにあるゲートが広がっているらしいのよ。…先週、父さんも見たでしょう、こんなところからでも見える黒煙が上がってた。世界の危機なの」
「行くつもりか。そうだろ?」 サヴァは父のぶっきらぼうな言い方に辛くなった。
「ロアーヌを父さんが嫌いなのは知ってるけど。ごめん・・志願したわ」
「これも宿命だと思うさ。戦えば、お前は器用で役に立つだろうな」
父は深くため息をついた。 「話しておかないといけないことがある・・」
「帰ってからじゃ駄目?」
「今言っておく。向こうで名乗ることがあるだろ。お前を実の娘だと言ってきたが、それは違うからな・・」
「こんな夕方から酔ってるの?」
そんなこと、ずっと前から知ってるとは言えなかった。
「難破した船からかろうじて助けた赤ん坊がお前だった」
「海賊が、ずいぶんと親切になったものね」
サヴァはわざと微笑みを浮かべていった。 これも知っている。たかが元海賊には到底持てないような豪華な刺繍入りの子供服に、自分の名前が書かれていたことも。
「それから、この肖像の女は、ただの…知り合いだ」
「残念、ロアーヌ貴族の血筋を威張ろうと思ってたのに」
サヴァはそう言いながら、もう涙が頬を伝うのを構わなかった。
父は、彼女は事故で亡くなったと言った。それもどうも嘘らしい。ただ何らかの事件で二度と会えなくなったこの人のことを、彼は今でも忘れていない。
サヴァには、父が開く詩集が読まれていないことも分かっていた。彼にはロアーヌの古典の文字は読めないことを、サヴァは自分が難破船の書籍で字を学んだとき以来察していたからだ。だが、父はおそらく文字ではない、遠い思い出を読み耽っていたのである。
サヴァは顔立ちも、海よりも湖を思わせる青い目や髪の色さえも、偶然だがこの人に似ている。そんな娘だから、彼にしてみれば余計に危険な目に遭わせたくなかったに違いない。だから止められないとわかって、宿命などという言葉で自分を抑えようとしたのだ。
自分はこの恩人の養父、それ以前に理屈抜きで大好きな父を裏切ろうとしている。
サヴァは黙ってうつむいてしまった。
だが、父は立ちあがって肩に手を置いた。
「・・・持っていかせたいものがある。こっちだ」
サヴァは父のあとから一室へ入った。床の敷物の下には扉が隠されていて、父がそれを引き上げると、中からいくつかの剣と防具が出てきた。サヴァは驚いたが、そのうちのひとつ、美しい星空に似た鞘に収まった長剣に目がいった。明らかに、…明らかに「英雄」の持ち物である。 サヴァはそれを手に取り、気合とともにスラリと抜いた。
シャラ…。
剣先から鋭く白い光が落ちた。
「今のは、スターバーストか!?」
「なに、父さん?」
「修練しないとつかえねえ技のひとつさ。お前、生意気にも俺様の知らないうちに、やたら腕をあげやがったな!」
「言葉使いが下品だわ、オヤジ」 二人は顔を見合わせて愉快そうに笑った。
だがフッと、元海賊の顔が精悍になる。
「ロアーヌは貴族の都だ。恥ずかしくねえ振舞いをするんだぞ」
「ええ、ちゃんと、誇り高い元海賊ブラックの娘だと名乗るわ。母さんと二人でここで楽しみに待ってて――」
サヴァは七星剣を腰にかけ、すっかり涙の乾いた、自信に満ちた顔を上げた。
「私の大活躍の土産話をね」
「ほざいてろ」
ブラックの表情は再び、自慢の娘に甘い父親のそれに戻っていた。
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