ナジュ砂漠―この不毛の土地は、かつての英雄らがアビスを駆逐したあと20年を経過しても変わらぬ熱い砂嵐が吹いていた。 その砂漠の西の端、もうすぐリブロフという場所のオアシスで、旅人が集まってなにか騒いでいる。ラクダでここを通りかかったオリオールは、案内の従者に降りると言った。
「だめですよ、お嬢さん!あれは奴隷のオークションだよ!下手にかかわると危険な目に遭います!」
危険と聞いてオリオールの深い緑色の目が輝いた。
「面白そうね。やはり降りるわ。あ、支えはいらない、自分で降りる」
ひょいっと、彼女は砂地に降り立った。
すらりとしたかなりの長身、波打つ赤毛、砂よけの黒いマントの下には、黄色と緑のTシャツに、紫色のクロフトパンツ、ブーツはエナメルで先が尖っている…なんたるファッションセンスであろう。
だがもっと目を引くのは、この美人(一応)の全身に輝く宝石の数の多さだった。
オリオールは奴隷売買のいかがわしい商人たちの視線を浴びても気にすることなく、キャラバンのテントへと近づいた。
「オークションは準備中なんだが、あんた、買う気があんのかい?」 片目の、日焼けした商人が脇から言った。
「あるわ。気に入った獲物がいればね」
「ふうむ。いい度胸だし、金を払う気があるようだから特別に見せてやろう。入んな」
オリオールは従者に外で待てと言い、テントに入った。
売られる奴隷はどうやら盗賊に襲われた旅人のなれの果てという感じだ。
しかし、かれらの殆どは売られた先からまた逃げ戻ってくる。これが彼らの手口である。
オリオールはかれらの態度からこれを見ぬき、どんどん無視して奥へ進んだ。奥から少年のすすり泣きが聞こえたからだ。
いってみると、奥の檻の中で、東方の人種らしき軟弱そうな少年が膝をかかえて座り込んでいた。15、6歳くらいだろうか。身なりがよく、整った顔立ちをしている。
「僕を殺さないで、おばさん!」
「おば・・・言い直さないとそこの人に言ってムチを打ってもらうわよ」
「ご、ごめん、美人のお姉さん。東方では年長扱いしたほうが喜ばれるの」
「世間知らずが。しょうがないな・・あんた、玄城のあたりの出身?」
「そう」
「なぜこんなことになってるの?」
すると少年は夢見るような調子になって言った。
「かつて西方のピドナという町に父に連れられていったとき、
舞踏会が催されて、彼はある姫君と踊った。 彼女は可憐でしとやかで、しなやかで
武人の父君を敬愛しておられ、美しい母君を慕っていた。
踊るときの彼女はまるで妖精のようだった!
帰り際に交際を申し込んだが、冒険の経験がないというと断られた。
それゆえ、彼女にふさわしく勇ましい男になるために
ヤン・エイは旅に出たのだった。
おお、うるわしのアリエン・クラウディウスvvv・・」
へぼ詩の吟遊はオリオールの爆笑でさえぎられた。
「たいした勇ましい男よね」
少年は涙目になってオリオールを睨んだ。
「術の修練は積んだんです。蒼竜術の厳しい老師について学んだ。剣は苦手だ」
オリオールはくすりと笑う。
「面白い子だわ、いただきましょう」
商人は途端にもみ手になった。
「では20000オーラムで・・」
「こんなへなちょこは200がせいぜいよ」
するとガタイのいい男らが数人、オリオールを取り囲んだ。
「20000といったら20000が正当な値ですぜ。手間をかけさせないで欲しいね、忙しいんだから」
「あら、まっとうな商売でもしてるような言いぐさね。それで、手間というと」
オリオールは悪戯っぽく笑い、一番近くにいた用心棒の顎に一発蹴りをいれた。
ガシッ!
大男が倒れた向こうで手を払いながら彼女は言った。
「こういうことをいうのかしら?」
「ふ、ふ、ふざけやがって!」
用心棒がなだれ出てくるのに数秒とかからなかった。ヤン・エイは檻の中で驚いて見ている。人数を確かめたオリオールは、傍にあった長い棒を掴むと、風車のように振り回した。
ガキッ!ドコッ!用心棒たちは次々とひっくり返る。
そこで彼女は少年に向かって叫んだ。
「自分でそこを破りなさい!術を知ってるなら腐らせないで!」
「でも、でも・・・!」
「ヤン・エイ、トルネード!」
そう叫ぶと跳び下がった。
「は、はいっ」少年ははじかれたように反応した。
「トルネード!!!」
青みがかった黒髪が風で舞いあがった。かざした手元だけが青白く光り、途端にテントそのものが暴風に持ち上げられ、きりきりと回りながら吹き飛ばされた。
「ひでえ、これが蒼竜術かよ、別物だぜ!」
用心棒たちはそこらの物にしがみつき、折り重なってやっぱり飛ばされて、地平線の彼方へ消えた。 キラーン☆
檻がきしんだ音を立てて傾き、そこでやっと扉が開いた。
ヤン・エイはそっとそこを出て、髪を直しながら周囲を見回した。周囲数キロに渡って、彼の術で砂丘の形が変わっているようだ。
「・・お姉さん、大丈夫?」
「やればできるじゃん。さすが、老師の弟子というのは嘘ではないようね」 オリオールは砂に埋もれた従者を引っ張り出しながら笑って目配せした。
「言い忘れたけど、アリエンは友達なのよ。これからピドナ、それから旧ファルスへ行くところ。魔物退治よ。一緒にくる?」
ヤン・エイは嬉しそうに肯いた。
「じゃあ決まりね。私はオリオール・フルブライト。お金の心配ならいらないわ」
ヤン・エイは差し出された指輪のきらめく手を恭しく握り返した。しかし、
「さっき値切ってテント壊して、その上1オーラムも払わなかったよね」とは、差し当たって口に出さないでおいた。
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