Untold story of E


 東に海を臨むその浜辺はエラノールの好きな場所だった。いつでも自分の分身ともいえる太陽が昇るところを見られたし、近くには音のよく響く不思議な大木の森があって、仲間と一緒に歌うととてもいい具合だった。しかし、長い幸福で穏やかな時代が過ぎ去り、破壊者の影がこんな遠い西にも及んで、多くの仲間たちはオーロラのそのまた西へ去って行った。

   ♪
 星に届く櫂 月を掲げた帆
 船の行く空の 青さ高さを
 ティッティララ ティッティレリ
 雲雀も競え 平原は春

 緑濃い谷間 丘を撫でる風
 夕べの森を抜け 船は過ぎ行く
 ティッティララ ティッティレリ
 香りが誘う 土手の麝香バラ

 ティッティララ ティッティレリ…… 

   エラノールは小声で歌を口ずさんでいて、不意に歌うのをやめた。森に近づくにつれ、そこがかつての森ではないと思い知らされ寂しさが募ったからである。だがそこへのっそりと、一つ目巨人が姿を見せ、彼女を見ると大きな手で赤すぐりの実を差し出した。
「まだ、そんな木が無事だったのね」エラノールは微笑んで受け取り、巨人のかがめた肩に手を置いて言った。
「私が手入れをしていたからよ」
 木々の間から聞きなれた声が答えた。見れば、長い金髪を無造作に束ねて、旧来の友人が一振りの槍を手に出てくるところ。彼女の名はグリンディル、戦場に同行はできないまでも好奇心旺盛で、数々の武具や香薬を作らせれば右に出る者はなく、人々には技巧の女神と呼ばれていた。
「まだこの森にいたの?」エラノールは嬉しい驚きに黄金の瞳を見開いた。
 グリンディルは当然、と胸を張る。
「北東の荒野に竜王たちが結集しているわ。今夜がその時なのでしょ? 槍のひとつも持たないと笑われるわよ」
 エラノールは、誇り高く、命を惜しまない竜王たちの毒舌を思い出してくすっと笑った。グリンディルに貰った槍は、冬の月のような淡い真珠の色に輝いた。

 エラノールを慕う巨人は彼女を肩に乗せ、最後の決戦になるかもしれない戦いの場へと急いだ。昼だというのに太陽は黒ずみ、周囲は異様な灰色の影に包まれ、エラノールが広大な荒地に到着すると、そこにはよく知る仲間の勇者がかがり火を囲んで待っていた。
「エラノール、よく来たな。アヴァンレッドの具合はどうだ?」
 と、荒々しい感じの赤毛の剣士ヴィマータが言った。彼は南の草原地帯に住む人々の信仰を集め、火の神と言われている竜の一族。彼の剣は一振りで大地を抉り取り、そこに火の海を生じさせる恐ろしい武器だった。しかしその口調はいつも優しい父親のようで、エラノールはこの口調のおかげで、これまでの危険の中でもどれだけ安心したか分からない。そしてアヴァンレッドはエラノールの天馬で、先の戦いで重傷を負い、飛ぶことはできなくなっていた。
 エラノールが正直に話すと、ヴィマータは頷き、後方に控えている大型馬をちらと見た。
「無理はさせぬがいい。ベルヌイ、お前がエラノールを乗せろ。今日の戦いは前より死闘になる」
「ここんところ負け戦ばっかりというのが事実だしね?」
 と、皮肉っぽい軽い調子で細身の弓使いが言った。雷撃の矢を放つ彼女は、ずっと東の霧に包まれた山の女主であった。腰に細工の施された瓢箪をぶら下げているのは、彼女が酒をたしなむからと噂されている。でも本当は明け方の光を浴びて桃色に染まる鎧が、酔った美女の頬のように見えるというので本来の名とは別に酔姫という名がつき、この弓使いはその名を気に入っていたからだった。

「敵は昔より従えている雑魚も多い。最初の一撃が肝心だ」
 座りこんでいた、砂色のマントの戦士が言った。皆より少し年長で武器も特殊で、話し方には特別なアクセントがある。彼は長い間大地の裂け目で暮らす竜の一族の長アル・アクバルで、人々の愚行により文明が終る様を目の当たりにし、その褐色の瞳には深い哀しみが宿っていた。
「気まぐれバルカラックが来るか来ないかで形勢が違ってくるぞ……」アル・アクバルは呟くように言った。
 バルカラックというのは西北にある山に住む孤独な風使いだった。その威力は絶大で、破壊神はバルカラックを倒す目的で何度も大型の魔獣を差し向け、その都度敗北していた。だがバルカラックは破壊神の復活以後は、最高神に従わなかった人間に失望し、彼の力を頼る人間を見下した。そして一方で、破壊神の手下との戦いに楽しみを見出し、敵が村を戦いの場所に選んでも躊躇なく応戦し、結果として破壊に手を貸すことさえあった。

 まだ日が傾く時刻ではないのに周囲は闇に覆い尽くされていた。仲間たちは作戦を話し合い、それぞれがどう戦うか念を押し合った。そうは言っても、大軍の味方などは来る見込みもなく、たった6人が技と術を駆使するしかない。そんな中で大きな矛に寄りかかって立つ長身で黒髪の若者は黙ったままだった。彼はかつて海神に忠誠を誓った寡黙な騎士である。
「オッセ・フィン、何も言いたい事はないの?」酔姫は苛立って言った。
 言われて、聡明そうな深い青の瞳は一同をぎらりと見回す。
「今のはバルカラックが来なかったとき大敗する作戦だ。それにベルヌイはエラノールを乗せて敵を撹乱するには体が重すぎる」
 ベルヌイは泣きそうになりながらしょげてしまった。しかし、もともと生命を得た黄金像の馬である彼にはどうしようもないことだ。
「撹乱のやり方は、変えればいいわ」エラノールは同意しながら馬を慰めた。そうして、ケガが治らず、それでも走ろうとしたアヴァンレッドの、嘆くようないななきがエラノールの中で甦った。
――大丈夫、アヴァンレッド、時間をかければまた空を駆け巡れるようになるわ。
 エラノールは、薪のパチリと弾ける音で我にかえった。

「アル・アクバルは砂嵐で敵の目をふさげ。酔姫は援護、オッセ・フィンは川辺リで雑魚を引きうける。エラノールは岩山を通って姿を隠し、接近したら奴の本体にその槍をぶちこんでやれ。できるか?」
「もちろん、ヴィマータ」
「それと」と、ヴィマータは穏やかに付け加えた。「最初の一撃は私の剣で行こう」

 月が昇る頃、不気味な風が起こった。それは破壊神の翼が羽ばたいて起こる死の風であった。エラノールと仲間たちは武器の覆いをとり、兜をかぶって留め金を締めた。そうして黒い翼が近づいたとき、ヴィマータは剣を振り上げその行く手を遮った。

「久しぶりだなネメシス! お互い神と呼ばれる者同士、挨拶は私からはじめさせていただく――!」

 ***
 岩屋で惰眠をむさぼるバルカラックのもとへ、羽音が聞こえてきた。無敗の術使いは横になったままで、愛用の杖に手を伸ばす。だが、相手はその手前に唐突に舞い降りてきた。
「誰かと思えばあなたか。何しに来た?」
 白い翼を持つ賢者の一族、アルバトロスのヌーミスは口を開いた。
「今度の戦いに勝ち目はない。仲間が倒される有様もそうやって横目で眺めているつもりか、バルカラック?」
「説得しても無駄だ。あいつらに罪はない。だがあいつらが庇っている者はどうだかな。オレに言わせれば、この世界は一度壊滅したほうがいいくらいなのだ」
「破壊神はこの世界の隅々まで闇に追い落とす。あるいは、お前の魂までもな」
 鳥が翼をたたんだままパサリと音を立てると、バルカラックは耳障りそうに眉をひそめて、言葉を続ける相手を盗み見た。
「竜王を倒した破壊神は勝ち誇り、お前の好敵手を送り込む必要もない。お前が手を貸さずとも、世界は足の間の砂と化して崩れ落ちて行くのみだ」
「そう言うならなぜ自分で戦わない? なぜここにいる?」
 ヌーミスは首を上げてバルカラックを見詰めた。
「武器をとることを選んだ唯一の星の民である乙女が、今度の戦いでは命を落とすであろう。私は彼女の亡骸をオーロラの西へ運ぶ役目。その宿命を嘆きに、ここへ来た。お前に独り言を聞いてもらいたかったのだ」
 そう言い、翼持つ賢者は岩屋から出て行った。
 バルカラックは、岩の合間から空の暗さを見て、最後にいつ青い空を見ただろうかと思った。そしてその空を、赤い髪をなびかせて駆け回る、快活な娘の声を思い出した。

――ごきげんよう、バルカラック。まだそんな暗がりで寝ているの?

 勝ち目のない戦いになぜ赴いた、エラノール?と、バルカラックは小声で問いかける。
 この世界の穏やかな営みを守りたいから、と彼女は微笑んで答えるだろう。

   サイクロプスたちが、人々とともに平原で楽しく踊っていられるよう、
 わたしの大事な天馬が、怯えることなく傷を癒せるよう、
 好きな浜辺で好きな歌をくちずさみ、明日の晴天を信じて夜を迎えられるよう。
 それだけの平穏を奪いに来る者がいれば、わたしはいつでも武器をとるわ。

――たとえ殺されてもか? 人間どもに裏切られてもか?

  ――信じる心は滅びないものよ。ではごきげんよう、バルカラック。もしものときは、彼方の岸で会える日を楽しみに。

 エラノールの幻はそう言ってまた微笑んだ。黄金の瞳が夢見るように閉じられ再度開いたとき、その黄金に血飛沫が飛んだ。
「!!!」
 バルカラックは杖を掴むと岩屋の外に飛び出した。そこにはヌーミスが立っていて、血相を変えた風使いを見て軽く頷き、黙って案内に飛び立った。

   ***

 ヴィマータは左足に深手を負わされながら、敵の頭部に一撃を与えた。アル・アクバルはひるんだ敵に砂嵐を見舞った。オッセ・フィンは川を操り、うろたえる取り巻きに矛でとどめを刺した。アル・アクバルはさらに岩を飛ばしてネメシスの体を半分以上埋もれさせ、そこへ酔姫の矢が降り注いだ。防御を無視した圧倒的な攻撃が反撃を許さない。
 ネメシスは埋もれた体勢で自らの翼を変容させた。確実に弱っている証拠だ。ベルヌイに乗ったエラノールは、回復しようとポーズを作った敵の喉に槍を突き刺した。さらにベルヌイがその重い蹄で頭部を蹴り上げると、ネメシスの目の光が消え、動きが停止した。
「やった……?」エラノールは仲間に向かい、槍を高々と掲げた。だがそれを見ていたオッセ・フィンが矛で衝撃波を放って叫んだ。
「バカッ、逃げろエラノール!!」

   実体を変容させたネメシスは、灰色のうごめく手となってアル・アクバルの熾烈な攻撃をかきわけ、エラノールを掴もうと動き出した。始めの一撃をかわしたエラノールは岩の合間を抜けて走った。だが、追いつかれついに落馬したとき、ネメシスはエラノールを逃がそうと組みついた巨人の腹部を左手でえぐりとった。ベルヌイはオトリになろうと前方へ回ったが、ネメシスは突進してきたこの馬を軽々と掴むと、横から繰り出されたオッセ・フィンの矛を折り、馬もろとも空高く放り投げた。
「おのれ、許さんぞ、ネメシス!」
 アル・アクバルは円形の刃でできた武器を投げ、ネメシスの腕に斬り付ける。ザクッと音がして、ネメシスは岩山の手前に引き下がった。
「援護して!」エラノールは槍を手に岩山の頂に立って叫んだ。ネメシスはエラノールの正面に構え、つかみかかってくる。だがエラノールはこのときを待っていたのだ。彼女は宙を跳び、掴まれる寸前に渾身の力を込めて敵の胸に槍を突き立てた。
 この一撃でネメシスは激しく震えだした。そうして酔姫の矢の突き立つ体でもがき、片手で大岩を振り回してオッセ・フィンとアル・アクバルを跳ね飛ばした。間に立っていた酔姫はすぐに次の矢をつがえ、体が石化しつつあることに気づいていた。薬は持っている、だが彼女はエラノールを掴む敵めがけてそのまま矢を放った。矢は赤い光を帯びてネメシスの眼前に迫り、――石粒に変わりボトリと落ちた。そしてネメシスは、ここで見せしめのように、捉えたエラノールの右腕を捻り潰した。
 バルカラックが上空にさしかかり、目撃したのはこの光景、耳にしたのはエラノールのかすれた悲鳴であった。
「ネメシス!」と、バルカラックは叫んで杖を振り、強烈な風で岩山ごと粉砕した。
 ダメージの蓄積していたネメシスはその粉砕で消し飛んだが、同時に赤紫色の強烈な光を発した。バルカラックにも、顔を上げかけたエラノールにも、この邪悪な光を止めることはできない。負傷して動けない勇者たちの上に、ヌーミスはその巨大な翼を広げた――。

「ちょっとこたえたかな」ヴィマータが言うとオッセ・フィンが答えた。
「ちょっとな」
 巨人はもうピクリとも動かず、ベルヌイは影も形もなく、ヌーミスは、焼け焦げた羽根が数枚、その存在があったことを示しているに過ぎなかった。
 酔姫の石化を解いていたアル・アクバルは、バルカラックを見てこくりと頷いて見せた。年下の者を誉めることの滅多にないアル・アクバルにしては、十分によくやったと言ったつもりなのだ。
 しばらくすると辺りを覆い尽くしていた闇は普通の夜空に変わリ始めた。竜王たちは互いに挨拶を交わし、バルカラックとエラノールの方を見詰めながら朝の星屑のようにその姿が空気に溶けていった。
 エラノールはバルカラックに肩を借り、槍にすがって立ち、そこで初めて辛勝の犠牲を目にした。破壊者を追い払ったのに、その荒地に見えるものは死と破壊そのもの。バルカラックは彼女の頬を伝う涙を不器用に拭った。短い静寂の後、風の中から、酔姫が「じゃあまたね、エラノール」と言うのが聞こえ、エラノールは顔を上げた。
「ええ、きっと、また……」
 槍がコロンと音を立てて地面に転がり、エラノールはそこで力尽きた。バルカラックは彼女の死が信じられず抱えて揺り起こそうとしたが、そのときどこからか声が響いてきた。
「太陽の乙女を守らんとした竜たちの力もここまで。このまま残るならば、新たな戦いの時まで長い眠りにつかねばならぬ。その眠りは余りにも長く、この先は竜の姿のままになろう。そしてバルカラックよ、人の信頼を裏切ったお前は、その子孫が人々の味方となろうと、祖の中に巣食った邪念が甦り、悪竜と呼ばれて人の手により倒されるであろう……」
 バルカラックは青ざめて宣告を聞いた。けれども冷静になると、畏れとは違う感情が渦巻き始めた。
 戦いには勝ったのかも知れない。だが、と自問したバルカラックは、自分の足元がエラノールの血に染まっていたことに気づき、次には声を出して荒地に向かって叫んでいた。
「答えろ! 苦労して引きとめた望みを取り上げようとする、貴様は何者だ? あの破壊者と対峙し血を流した一握りの者に、この上理不尽な宿命を押しつけるならば、呪われたバルカラックが倍にして呪い返してやる。星の民も人間どもも、怒れるルーブ山の主に近づく者は滅びるがいい!」――

   戦いの顛末は星の民の知るところであったので、イスカル川のほとりには親しい者たちが使いとして迎えに現れた。彼らは草の上に寝かせてあったエラノールを銀の小舟に乗せた。彼女の上に大切そうにかけてあった、この灰青色のマントは誰の? 彼らは風使いのかすかな気配を追ったが、間もなく諦めて舟を出すことにした。
 やがてオーロラの東の端が輝き、そこからアルバトロスの長が舞い降りてきた。
「我等も西へ去るときが来た。最後の戦士となった太陽の乙女は、竜王たちとともに破壊者を退け、自らも死の眠りについた」と、アルバトロスの長は厳かに言った。

 星の民が死ぬとき、オーロラを境に空に戻って星になれるように、銀の舟で川を遡り、その愛馬が舟を繋いだ綱を引いた。この天馬の一歩は星の公転と同じであり、舟がオーロラの端に達するときまでに人類の世界は数百年が過ぎる。それは、どれほどの絶望による死であっても昇華できうるだけの時間であり、エラノールもその名と同じ名の花を舟に投げ入れられ、神聖な静けさの中を進んで行った。
 一行は夜明け前に川から通じるオーロラの西にさしかかったが、突然飛び出してきたグリンディルが舟を停め、エラノールの砕かれた右手に銀色の翼をかたどった篭手を取りつけた。行儀の悪い、と幾人かが制しようとする。しかしアルバトロスの長は穏やかに頷いて見せた。
「グリンディル、友の眠りを平穏にするための贈り物か。許す、言葉をかけてやりなさい」
 グリンディルは会釈し、それからいつもの寛いだ調子で言った。
「エラノール、利き腕はこれで元通りよ。目が覚めたら、また存分に活躍するといいわ」

 目が覚めたら!
 反逆とも言える一言に一同はざわめいた。アルバトロスの長は最高神を兼ねる王の直接の使いとされ、星の民でも大抵の者は逆らうことが許されていない。だがそれでもグリンディルはエラノールの死を認めることを拒み、これを見て天馬のアヴァンレッドも一歩も歩かなくなった。グリンディルはその場から引き離されそうになりながら言った。
「エラノールは傷を負って眠っているだけなのに、あなた方はどうして分からないの? 今口がきけさえすれば、きっと彼女は言うでしょう、自分は夢の中であっても戦い続けると! ここから先へ舟は通さない。そう簡単に親友を死なせてたまるものですか」 

 その声の残響が消える前に、別の舟が滑り出してきた。白く繊細な小舟で、黄金糸で織られた滑らかな敷き布が両縁まで飾っていた。乗っていたのは星の民の若き王である。一同優雅に一礼し、半歩だけ後ずさる。グリンディルは声をかけられたので、叱られるかと唇を噛みながらその前に跪いた。

「グリンディル、そなたはエラノールとも竜とも違い、武器を持つことができない。しかるに、かの地に残った同胞が、破壊神に冒され闇に堕した姿でそなたに襲いかかるかもしれぬ。また世代が変わり技巧の女神を忘れ果てた人々がそなたの願いを踏みにじり、星の民であるそなたに死を招くこともありうる。それでも留まりたいと申すか?」
「はい」
「一度このようにイスカル川を上った身では、かの地に戻るに当たり全知を置いていかねばならぬ。おのれの名までも忘れ去ることになるぞ。それでも行くか?」
「はい」
 王は銀色の髪を、向きの変わった微風になびかせ、やさしく微笑んだ。
「それでは人間の間に留まり、ひたすら待ちつづけるが良い。そなたは以後、真実誠実なる者という名で呼ばれ、それゆえに友の名と目的は忘れないだろう。そして、破壊者が敗れるその日が来れば、再び全知を取り戻すことができるだろう」
 賢者アルバトロスの長が重々しく尋ねた。
「全て忘れて、どのようにその日が分かりますか?」
 王は一同に目を移し、こう言った。
「空を見ることだ。かの世界の者たちが呪わしい宿命に打ち克つとき、エラノールの、かの世界を信じつづける思いが目覚め、その日には虹になる」
 王の言葉を聞き終えたとき、アヴァンレッドの傷ついた翼がみるみる甦り、天馬は高くいなないた。そうしてグリンディルを背に乗せ素早く飛び立った後には、苔が生えていただけの土手に満月の色をしたプリムローズがこぼれ咲いていた。


Way out